第21話 近付かないで
「失礼しました、もう一度出直します!」
煮え切らない思いを抑えて、エストリーゼが踵を返そうとするも、
「あぁ、待って」
トンッと軽い音。
振り向けば、アポロンがふわりと移動してくるところだった。
まるでピンポン玉が床を跳ねたように、放物線を描いて静かに着地する。
「いいことを教えてあげるよ」
エストリーゼは大袈裟に怯んだ。
あまりにも至近距離にアポロンの顔があったからだ。
しかもその身体には申し訳程度の布しか巻いていない。
目のやり場に困って、視線を右往左往させる。
黄金の瞳はエストリーゼの心など全て見透かしているように、嫌な笑いを浮かべていた。
「な、なにを……」
堪らず後ずさる。
エストリーゼの目前に見えるのは、白磁のような滑らかな肌。
すらりと長く優美な手足。
程よい逞しさも感じさせる均整のとれた肢体に、意思を無視して鼓動が早くなる。
香油の匂いが鼻を強く刺激する。
甘く官能的な香りがエストリーゼの頭をかき回す。
自分が自分でなくなるような、どこか麻薬めいた効能に気づき、恐怖した。
「近付かないで……」
「どうして? 私の部屋へやってきたのは君の方だよ?」
小動物を痛ぶるような目つきに危機感を覚え、さらにエストリーゼは後ずさる。
その度にアポロンは嘲るような笑みを浮かべて近づいてくる。
やがて、エストリーゼの背中はとうとう壁へとぶつかってしまった。
もうこれ以上、下がれない。
アポロンは長く端正な両腕を壁へつけ、エストリーゼに覆い被さるようにもっと顔を近づけてくる。
吐息すら感じられる距離だ。
彼の両腕に挟まれて、逃れられなくなってしまった。
出口を求め焦るエストリーゼの耳にふっとアポロンは囁きかけた。
「女神を継承したとはいえ未だ人間である君には思い出せないのだろうけど……実はね、私とアテナはこうして愛し合う仲だったんだよ。ねぇ、君はそのアテナの継承者なんだから――」
「それは初耳だ! アテナには軍神であるこの俺こそが相応しい!」
大きな男の声が、部屋といわず神殿中を駆け巡った。
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