第22話 軍神アレス

 見れば、入口には逞しい体躯の大男が立っている。


 燃え立つような赤い髪と厳つい顔が、軍神という肩書きを猛烈に納得させる。



 逃げ場を無くし、まさに接触されそうな所で。


 端麗な面の接近は止まっていた。



 誰か知らないが、思わぬ助け船の出現にエストリーゼは内心でホッと息をつく。



「アレスか。相変わらず至極無粋な男だな」



 アポロンはそのまま視線だけを動かす。


 まだ腕の中に閉じ込めたエストリーゼを解放する気はないようだ。



愚兄ぐけいに褒めてもらってもな。まったく毎日毎日女と遊んで何が楽しいのか」


「誰も褒めてはいないよ。それに女性も音楽も……芸術など君には未来永劫縁がないだろう? 無駄なことを訊くのはよしたほうがいい」


「そりゃそうだ」



 アレスと呼ばれた男は両手を挙げて同意した。


 彼の声は雷鳴のように無闇矢鱈と大きい。



「それはそうと、アテナの継承者はどこだ?」


「さあね」


「とぼけても無駄だ! ゼウスはおまえの行動など全てお見通しだ。さぁ、どこだ!」



 アレスと会話する間もアポロンの体勢は変わらない。


 アレスは目の前でアポロンに迫られている少女を、アテナの継承者とは夢にも思ってはいないようだ。


 この太陽神が女に迫る姿など珍しくもないのだろう。



(ここで……)



 もしも、自分が継承者だと訴えたならば。


 この状況から逃れられるのだろうか。



 解放されたい一心でエストリーゼは声をあげようとした。


 が、その行動は薮蛇になった。



 声を発する前に、エストリーゼの唇はアポロンに塞がれていた。


 その時間は恐ろしく長く感じられた。



 胸の鼓動がうるさい程全身を打つ。


 未知の緊張に頭が発火しそうになる。



 堪らず藻掻き始めるエストリーゼの身体を今度は片腕で押さえ、アポロンは彼女の口をもう片方の手で覆った。


 そんな二人の姿を横目でチラリと一瞥すると、アレスは両手を広げ諦めたという素振りを見せる。



「珍しくご執心だな。まぁいい。今日のところは大人しく退散しよう。そうだ、ゼウスが呼んでいたぞ。今度の晩餐会には必ずアテナの継承者を連れて来い」


「敗戦だったのに、優雅にディナーといくのかい? つまり百戦百勝後の敗北は、それはそれはいたく新鮮だったというわけか」



 エストリーゼの口を押さえたまま、アポロンは皮肉を込めて嘲笑う。



「まぁ、そんなところだ。暫くは休戦だ。あちらの被害も膨大だろうが、こちらも戦の女神アテナを失った。神膜しんまくも綻んでいる。アテナの継承が完了するまではゼウスもやる気が起こらんだろう。軍神の俺にとってはつまらんことだが、それまでは他の娯楽でも漁ってみるか。常時道楽愚兄には、もとより関係ないだろうがな」



 盛大な笑い声をあげて、アレスは去って行った。


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