第23話 約束

 パシッ。



 乾いた音が冷たい壁に吸い込まれた。


 アポロンの石膏のような頬が赤く色づく。



 まさか避けないとは思わなかった。


 エストリーゼは一瞬驚いたが、どうせならばもう一発くらいはお見舞いしようと手をあげた。



 が、流石に今度はアポロンに腕を掴まれてしまう。



「凶暴な娘だな。私の神殿で貞操観念を貫こうなんて無駄なことだ。グラウコーピスにそう習わなかったのかい?」



 アポロンは意地悪く笑う。



「あなたなんて大嫌い! わたしは晩餐会なんかには行かないし、この空中神殿からも出て行くわ!」



 右手を掴まれたまま正面から世にも美しい神を睨み返す。



 それへ。


 アポロンは心底滑稽だと言わんばかりに笑い声をあげた。



「どうやって出るつもりなんだい? この神殿の周りには私が結界を張っている。その腕輪がある限り外には出られないんだよ?」


「……監禁なんて、自分に自信がない最低男のすることよ!」



 己の存在に絶対的な矜持を持つ彼は、聞き慣れない言葉に一瞬自失した。


 その瞬間を見逃さず、エストリーゼは素早く彼の腕から身体の自由を取り戻す。



 アポロンは徐々に怪しく頬を緩め。


 やがて、心底愉快でたまらないといった笑みを浮かべた。



 次いで信じられないような言葉を返す。



「今の言葉は微妙に……新鮮だったねぇ。この私にそんな卑賤な言葉を浴びせようとは驚きだ。その度胸も何やら懐かしい。――いいだろう。その腕輪を外すことができたら、君の願いを叶えると約束しようじゃないか」



 エストリーゼの双眸は大きく見開かれた。


 しかしすぐに訝る表情へと変える。



「あなたの言葉なんて信じられないわ」


「これはこれは、手酷く嫌われたものだねぇ。この美しい私としたことが女性にここまで嫌われてしまうとは心外だ。だけど、私は嘘は言わないよ。君の願いを叶えないのは私の義務じゃないからだ。でも今は違うだろう? ちゃんと君の目前で、私自身が約束しているのだから」


「……」



 その目に払拭できない猜疑の念を湛えながらも、エストリーゼはコクリと頷いた。



「良かった、やっと信じて貰えたようだね。あぁ、でもね。次回から私に会うときはそんなつまらない服装はよしてくれ。どうせ願いを叶えるのなら、可憐な姫君のほうが嬉しいものだ。そう、――彼女たちみたいに、ね?」



 そう言って、アポロンは後ろの寝台で寝そべって傍観している三人の女を指差した。


 当然、彼女たちはその身に何も身につけてはいない。



「――変態男っ!!」



 再び真っ赤になって悲鳴のような罵声を吐くと。


 漆黒の舞台衣装を着たままのエストリーゼは一目散にその場から逃げ去った。



 静謐な神殿にはとても似合わない、慌ただしい靴音を大理石の壁に響かせて。


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