第四章 玉砕

第20話 放蕩アポロン

 空からは、静穏な陽が差し込んでいる。


 穏やかな日中だ。



 神殿を包む特殊な大気は太陽の熱射を適度に遮り、気圧を調整し、快適な空間を維持しているようだ。


 頬を掠める風は優しく、清涼な空気の流動をそっと促す。



 神殿はコリント式円柱が立ち並ぶ厳かな造りで、建物の外には美しい庭が広がっている。


 噴水を中心に幾何学的な構成で生垣が続く、極めて美しい庭園だ。



 名も知らぬ花々が咲き乱れ、果樹が豊かに実を結ぶ。


 まさに神々の住まう聖域そのもの。



 そんな煌びやかな空中神殿に。


 突然、悲鳴が響き渡った。



 高音のエストリーゼの声は、神殿内を大きく反響していく。



「な、な、なななななっ……」



 耳の付け根まで真っ赤にして、エストリーゼは思わず金切り声をあげていた。



 手枷はあっても神殿内は自由に行動できると知り、行き交う女官にアポロンの部屋を訊いて歩いた。


 辿り着いた部屋を礼儀正しくノックする。



 と、美しい装飾が施された石造りの扉は、エストリーゼの目前で自動的に開かれた。


「お入り」という穏やかな声にささやかな安堵を感じ、彼の部屋へ足を踏み入れた。


 ここまでは良かった。



 しかし。


 視界に入ってきた光景に。


 今度こそは慇懃な態度で接しようとしていた覚悟は、脆くも一瞬で崩れ去っていた。



 一糸纏わぬ女を三人も侍らせて。


 寝台で優雅に葡萄酒ワインを飲みふける男を目前としては、そんな小さな決意など一粒の砂のように吹き飛んだ。



 さらには。


 部屋に充満した甘い香油の香りが、余計に怒りを募らせる。


 エストリーゼは、まるで熟れたトマトのように真っ赤になって叫んでしまった。



「無粋な娘だねぇ。まったく」



 悪びれた風もなく嘲弄する言葉。


 そしてアポロンから降りかけられる侮蔑の視線に、エストリーゼは憤りを感じていた。



「あ、あなたが扉を開けたんでしょう」


「そう。入ってもらってもいいから開けたんだよ。私は別に困らない。だけど、そんな金切り声を聞かされたら私の耳がおかしくなる。ヒステリックな女は醜いだけだよ」


「ひどいっ。ヒステリックだなんて……」



 抗議の言葉を吐いてはみたが、確かに今の自分は美しくはないだろう。


 それにこの状況はまったくの想定外だった。



 自身の行動も含め、予定が大きく狂ってしまった。


 何よりも……一刻も早くこの場から立ち去りたい。


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