第3話 開演

 堂々と指揮台に上がったその男は。


 スラリとした長身に漆黒の燕尾服を纏い、その上にある頭部は夢のように美しかった。



 彫刻を思い起こさせる白い肌と整った目鼻立ち。


 一筋の交じり気も無い完璧な白銀髪。


 そして、その顔の完成度を決定づけるような黄金に輝く双眸。



 ――地上の者とは思われぬ、神の如き姿。



(そう……わたしは)



 この男を待っていた。


 彼が現れる瞬間を。



 そのためにエストリーゼは、この場所へと必死に這い上がってきた。


 予期なく現れた輝く男は不適な笑みを浮かべると、指揮棒タクトを片手に腕を振り上げた。



 その場に突然緊張が走る。


 一本の糸が場内に張られたかのように、出演者にも聴衆にも緊迫した細く鋭い空気が突き刺さる。


 耳痛を伴う無言の時が流れた。



 ――開演だ。



 この異常な事態を誰も制することなく、音楽がはじまろうとしている。


 舞台と客席、双方から凄まじいまでに集中した気を感じ、輝く男は満足そうに黄金の目を細めた。



 そして――指揮棒タクトが振り下ろされる。


 低く重々しく、大太鼓バスドラムの音が開演の幕を上げた。




  *****


  おお、運命の女神よ!


  おまえは月の如く満欠を移ろい


  その姿を変えていく


  呪わしきこの世の生


  確かなものは何もなく、運命に弄ばれ


  全ては氷のように無に帰する


  恐ろしく空虚な運命よ


  おまえはぐるぐる回る糸車


  おまえの救済はまやかしで


  常に空しく崩れ去る


  我らはこの地で憂悶しながら


  いつも何かに脅えている


  しからば今


  この時を逃すことなく


  胸の高鳴りに触れてみよ


  そして


  共にこの運命を嘆こうではないか!


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