第一章 最悪の出会い

第2話 予定と違う指揮者の登場

 メッシーナ劇場。



 ヴィンヤードぶどう畑形式のこの劇場は、段々畑のように全ての座席が舞台へ向いている。


 視覚的にも美しく、音響的にも全ての聴衆にくまなく音楽が降り注ぐ、臨場感溢れる造りをしていた。



 舞台正面に設置されたパイプオルガンは、一つひとつのパイプが天然木の枠に巧みに織り込まれ、大天使の羽を形成している。


 この劇場自体が艶やかな音色を持つ巨大な楽器となり、美しい音楽を奏でるのだ。



 そんな大舞台へ。


 多大な拍手を引き連れて、ひとりの少女が下手しもてから現れる。



 貧しい片田舎の村ドリピス出身のエストリーゼ・ラリス。


 今回の演奏会で独唱の座を射止めた十七歳の少女。



 長い黒髪、黒曜石のような大きな瞳。


 神秘の美しさを放つ少女は、全身黒の衣装を身に纏っていた。



(この瞬間を――)



 待っていた。


 神々をも酔わすと絶賛される美声をもって生まれた幸運に、エストリーゼは心から感謝していた。



 もちろん努力はした。


 それこそ血の滲むような苦労の果て、この栄えある舞台を手に入れたのだ。



 今回の演奏で高い評価を得たならば、自分の歌声は世界から公然と認められるだろう。


 今後、順風満帆な音楽人生を約束されたも同然だ。



(けれど――)



 エストリーゼの目的はそこではなかった。



 彼女に続いて、颯爽と舞台へ現れた指揮者の姿を、客席は拍手ではなく沈黙で迎えた。


 驚くほど一斉に息を呑んだあと――。


 徐々にざわめきが沸き起こり、人々はひそひそと囁きあう。



 予定されている人物と違う者が舞台に登場したのだ。


 平静を失うのも無理はない。



 しかし、出演者たちの動揺は客席のそれよりずっと大きい。


 何が起こったか理解できず、ただただ楽器を手にポカンと口を開け、皆指揮台を見据えていた。


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