第4話 単眼巨人キュクロプス

 巧みに指揮棒タクトを操る男は、奏でられる音楽とエストリーゼの歌声に、双眸を閉じ至極満足げに口端を緩める。


 高音から低音へ続く軽やかなビブラート、伸びやかなレチタティーヴォが彼の心を捉えたようだった。


 演奏はそのまま順調に進むかと思われた。



 けれど――。



 突如、彼は端正な顔を苦悶するような表情に変えた。


 整いすぎた眉を寄せ、舌打ちするように顔を顰める。



 それは、この演奏の崩壊を予告していたのかもしれない。



 まさに演奏の終盤、突然客席が色めきたった。


 演奏中だというのに、聴衆は徐々に立ち上がりはじめる。



 恐怖に顔を歪め、ひとつの小さな悲鳴が多く悲鳴を誘い、劇場出口に殺到する。


 まるで蜂の巣を突いたかのように、人々は我先にと避難を開始していた。



 右往左往する中で、聴衆は腕を上げ指をさす。


 それは舞台最奥に佇むパイプオルガンへと向けられていた。



 流石に演奏者たちも客席の異変に気づき、指し示された場所へと視線を動かす。


 心を乱されてしまった演奏は、すでに崩壊の一途を辿っていた。



「きゃあああああ」



 耳を劈くかのような男女の悲鳴が、舞台上で不協和音を奏でた。



「な、なんだ、あれはっ」


「魔物だっ」



 次いで、蜘蛛の子を散らすようにその場から走り出す。


 恐ろしさのあまり他人を押しのけ、這い逃げようと混乱が巻き起こる。


 すでにこの場から音楽は消え去っていた。



 出演者が血相を変え逃げ散った、舞台奥のパイプオルガン。


 そこには、この世のものとは思われぬ一つの大きな目玉が浮き出ていた。



 大天使の羽を模るパイプの間から、緑色の瞳を動かしギョロリとあたりを観察する。


 やがて目的とする一点を捉えると、ゾロリと一部が迫り出す。


 そして、ゆっくりと浮き出るように壁から離れ、本来の姿を現した。



 ――単眼巨人、キュクロプス。



 その姿を認める前に、金銀細工の男は動いていた。


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