第十二章 地底への旅立ち

第65話 そろそろ出かけてみるとしようか

 グラウコーピスはやきもきしていた。



 すぐにでもエストリーゼを助けに行きたい。


 しかしこんな小さな鳥の姿ではどうにも出発できる筈はないのだ。



 早く出かけようと主張したのだが、アポロンはどうしてもカウカソス山には行かないと言って重い腰をあげない。



 もういい加減にしろと言いたくて。


 陽が落ちると同時にグラウコーピスはアポロンの部屋へと赴くことにした。



(どうせいつものように女と遊び呆けているのだろう)



 そう覚悟して部屋へ入った。


 けれど意外なことに部屋にいたのは彼一人だった。



 窓辺に肘をつき、空が暗くなる様を呆然と眺めている。



「そろそろ出かけてみるとしようか、グラウコーピス」



 ふくろうの姿を見定めもせずにアポロンは呟いた。


 そして、深く長い溜息を漏らす。



「実際――辛いものだね。会いたい女性に会えないとは。それにこう言ってはなんだけど、どうでもいい女性は難なく落とせるのに、ここ本命という女性には私はいつも嫌われてしまう傾向にあるんだ。相思相愛となるのは、神にとっても奇跡に等しいということだろうか。――だけどね、この苦痛が快感なんだから困ったものだよ」



(本物のマゾヒストか!)



 心中でまたしても悪態をつくグラウコーピスをちらりと横目で見て、アポロンは意図的に話題を切り替えた。



「賢者グラウコーピス。聡明な君はどう思ってるのかな。クロノスはなぜあんなことをしたと思う?」



 エストリーゼに惨劇を見せつけ彼女を攫った訳を、アポロンはグラウコーピスに問うた。



「そんなの決まってる。エスティに、アテナ継承を促すためだったんだ。人間が神を継承するなんて前例がないからボクだって想像するしかないんだけど。偉大な女神の継承がそう簡単に終了するわけがない。クロノスはエスティに衝撃を与えて、継承をすぐにでも完了させる必要があったんだろう」


「そう、流石によく分かってるね。じゃあ君は、なぜ彼女は再びクロノスに殺されないのかも分かっているんだね?」



 グラウコーピスは丸い瞳を三角にして睨みを効かせた。



「まったく嫌な奴だ! ボクがそれを口にできないのを知っているくせに!」


「ははは。君は賢明な梟だ。私はそんな君が好きなんだけどね?」



 窓辺で黒髪を弄りながら柔和な笑みを浮かべる男に、グラウコーピスは諦めて堂々と不平不満を垂れた。


 バタバタと羽を動かし、精一杯感情を表現する。



「そうだよ! どうせボクは何の力も持たないただの梟さ。だから確証もないことを口にするなんてできない。頭ばかりあれこれと回転させるだけで、実際何もできないんだ。そんな自分に、ボク自身が一番嫌気をさしてるんだ、悪いか!」



 アポロンは至極愉快とばかりに笑声を響かせた。


 相手の矜持きょうじを折り、本心を吐露させることに成功した彼は、ささやかながら彼なりの救いの言葉をかける。



「アテナはそんな君だからこそ大切にしていたんだと私は思うよ? 彼女は戦の女神でも、好きで戦争をしていたわけではないからね。だから君には私たちのような力など必要ない。君はね、今すぐ自覚すべきなんだよ。自分が単なる愛玩動物あいがんどうぶつであるという事実を――」



 すっかり夜は更け、薄明かりのみが点るアポロンの部屋に――。


 数本の鋭く光る線が走った。


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