第66話 変わり果てた姿

 軽い連打音を立てて壁に突き刺さったのは――金の針。


 刺さった場所から推測すると、やはり狙われたのはアポロンのようだ。



「お黙りなさい、お兄様! 敬愛するグラウコーピスに嫌な物言いをなさるのは、このわたくしが赦しませんわよ!」



 扉の前に立つのは、言わずと知れた愛と美の女神アフロディーテ。


 しかしその様子はいつもの可憐な姿とは異なっていた。



 黒いトーガを身に纏い、大きなフードにすっぽりと頭を包み込んでいて、妖精のような端正な顔だけが薄暗い部屋に浮いて見えた。



「めずらしいね、君がこんな時間に現れるなんて。夜這いにでも来たのかい?」



 思わず口から漏れたいつもの揶揄やゆした言葉に、新たな金の針が投げられると予測し、アポロンは身を構える。



 けれど意外や意外。


 案に相違して、今回ばかりはその予想は裏切られた。



 アフロディーテは睨むようにまじまじとアポロンの姿を見つめているだけで攻撃をしかける様子はない。


 いつもと違う彼女の様子にアポロンは毒づいた。



「なんだい? そんなに私を見つめたりして。気持ち悪いじゃないか」


「お兄様、その髪……」



 アフロディーテが見つめていたのは、彼の艶やかな黒髪だった。


 アポロンは「あぁ、これね」とおもむろに黒髪を掻き上げて見せる。



「アフロディーテ、どうしたの?」



 ふくれっ面をした彼女を気遣ってグラウコーピスが優しく訊いた。


 アフロディーテはみるみる表情を変え、グラウコーピスを抱きかかえて嘆きだす。



「どうしてお兄様の髪は綺麗な黒髪に染まっているのに、わたくしの髪はこんなことになってしまったのでしょう! わたくしだってエストリーゼを迎えに行くために、意を決して目立たぬ黒髪に染めてみたんですのよ! 不公平ですわ! あんまりですわ!」



 ハラリと落ちたフードの下からは、無残な髪が溢れ出た。


 ところどころが緑や赤、茶褐色に青まで入り混ざった、間違っても美しいとは言えない色合いに染まってしまっている。



 もとの輝く金髪は見る影もなく。


 アフロディーテの変わり果てた姿に、グラウコーピスとアポロンは心から同情を示した。


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