第67話 黒髪のアフロディーテ

 水に濡れた白い指が、小さな小瓶をつまみ上げた。


 中には上質な髪粉かみこが入っている。



 コルクを抜くと、甘い薔薇の香りが大理石の浴室にフワリと拡散した。


 少しずつ手に取り、満遍まんべんなく色を乗せていく。



 花の香りに包まれて。


 アフロディーテの悲惨な髪は見事な黒髪へと変わっていった。



 鏡を覗き込む笑顔は、まさに最上級の妖精そのものだ。



「お兄様。不本意ですが、助かりましたわ」



 釈然しゃくぜんとしないていで小瓶を返す。


 気怠い仕草でそれを受け取ると、アポロンは苦笑した。



「いいけどねぇ。一言余分だとは思わないかい? いくら君が絶世の美女だとしても、素直じゃない女性は嫌われるよ?」


「五月蠅いですわ。わたくしはお兄様とは違いますの。エストリーゼにさえ振り向いていただければ、他の方なんてどうでもいいんですもの」



 アポロンの女好きを持ち出して、アフロディーテは自分の性格を堂々と正当化した。



「一応、貸しということだよ? 今は急いでるから。髪粉の貸しを何で返してもらうかは、後でじっくり考えておくよ」


「ふん。仕方ありませんわね」



 ここぞとばかりに恩を着せられ、アフロディーテは唇を尖らせた。


 そんな彼女の頭にバサリと白いトーガが降ってくる。



 アポロンが着ていたトーガを徐に脱ぎ捨てたのだ。


 真っ裸で堂々と何やら真剣に考え込んでいるようだ。



 この男に羞恥心はないのだろうか。



 暫くして決心したように黒いトーガを取り出すと、アポロンはサラサラと絹の音を立ててしっくりとその身に纏った。


 細い銀の額当を、慣れた手つきで黒髪の間にとめる。



 何やら準備を始めた彼の様子にアフロディーテは驚倒きょうとうした。


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