第64話 アテナの心

「アテナは……アポロンを?」



 知らないうちにエストリーゼの身体は元の岩山に戻っていた。


 しかしそれにも気づかないほどの衝撃を受けてしまっていた。



「愛には様々な形がある。おまえが無理に無償の愛を語る必要はない。今のおまえにしかできない愛の形があるはずだ。それを――おまえはもう見つけているのだろう?」



 項垂れていた頭をゆっくりと持ち上げる。


 頭上ではりつけにされている男を見上げ、琥珀色の温かい光を放つ双眸と初めてエストリーゼは向き合った。



 禿鷹はげたかついばまれた身体はもうほとんど再生が完了しているようだ。


 そしてまた明日になれば内臓を啄ばまれる。



 その繰り返し。


 無限に繰り返される惨劇の連鎖。



 四肢を鎖で繋がれた姿に、エストリーゼは十字架に架けられた尊き聖人を思い浮かべた。


 人々のため犠牲となり、十字架の上で真の苦しみを受けられた神の子を。



「こんなわたしに……できるのでしょうか?」


「おまえにしかできないことだ」



 エストリーゼは、今初めてアテナを理解したと感じた。



 湖で会ったときの彼女の言葉も。


 プロメテウスを慕うその心も。



 百一回目の戦いで殺された運命それすらも。



 彼女にとっては彼への無償の愛のひとつだったのだ。


 ひとりの人間に己の全てを継承するという形で、プロメテウスへの愛を最後まで貫いた。



 そして。



 彼女にはもうひとり大切な者がいた。


 きっとそれも愛だったのだろう。



 しばらくの間、双眸を閉じたあと、素直に「はい」と返事をして立ち上がる。


 そして、エストリーゼは清々しいまでの瞳を向けた。



「進むべき道は全ての根源、混沌カオスが教えてくれるはずだ。大地の女神ガイアのもとへ行ってみるといい。それから――かなめとなるのはだ。おまえは、彼を赦すのだろう?」



 太陽神アポロン。



 エストリーゼは再度双眸を強く瞑った。


 そして幾分ぶっきらぼうに答える。



「分かりません。それはそんなに単純な問題じゃないんです。神々や自然のことわりとは関係なく、彼はわたしとの約束を破ったんですから」



 頬を膨らますエストリーゼの様子に、プロメテウスは声をあげて笑った。


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