第76話 金の鍵

「クロノスが引きこもるはがねとりでには、何人なんびとも押し入るなどできぬ。難攻不落、金城湯池きんじょうとうち、それが鋼の砦」


「そんな……」



 絶句したエストリーゼをガイアは「ふん」と鼻であしらう。



「だがな、そんな砦でも、入るのではなく破壊するのならば可能な者がおるのじゃ。そやつを味方につければよい」


「それは、誰?」


「わらわの息子、ヘカトンケイルじゃ。タルタロスの谷に幽閉されておる。これを持っていけ」



 ガイアは椅子から立ち上がるとエストリーゼの手を取った。


 その手にずしりと重みのある鍵が手渡される。



 金の鍵。



「谷にある扉を開けるにはその鍵が必要じゃ。混沌カオスの共鳴を得たそなたならば、きっと成し遂げられようぞ。ありのままを進め。そしてクロノスを討て、女神継承者エストリーゼ」



 エストリーゼは深く頷くと、ガイアに改めて向き直った。



「最後にひとつ。クロノスはテテュスを遣わしてわたしの大切なものを全て奪い、わたしに女神継承を促しました。その意図をご存じならば……」



 ガイアは双眸を閉じ、深い吐息を漏らした。



「全ては混沌の予言のままに。ただしここから先、かなめとなるのは太陽の神」



 アポロン。



 やはり、ガイアもプロメテウスと同じ男を指し示す。


 彼が全てを知っていると。



 エストリーゼはひとつだけ小さく頷くと、ガイアに向かって恭しく頭を下げた。



「ありがとうございました。いつか、またお会いするその時は……」


「構えるでない」



「……ぇ」


「そなたはわらわの――新しい娘じゃ」



 叫んでしまいたい心をエストリーゼは懸命に押し殺した。



 ガイアが向けたその顔は。


 母親への思慕しぼを否応なしに掻きたてる懐かしい笑顔そのものだった。


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