第75話 クロノスを討つ

「進むべき道は、そなたにとって不条理でかつ厳しいものとなる。そなたにクロノスを倒せるか?」


「その意義を」



 即座に理由を問うエストリーゼに、ガイアは一瞬だが気を押されたようだ。


 しかし彼女はキリリと口の端を持ち上げる。



 そして椅子に仰け反っていた身体を起こし、身を乗り出した。



「良い目じゃ。だが、ゼウスにプロメテウス釈放を納得させるのは、到底とうてい無理無体むりむたいと言わねばならぬ。ならば、アテナ継承者よ! その力をもってクロノスを討ち、ゼウスの野望完遂を手助けすることで己の希望を叶えるが良い。案ずるな。もとより予言の通り、クロノスはいずれゼウスによって討たれる運命。あやつはゼウスを含む己の子を、皆殺しにしようと画策した愚王じゃ。そなたが討ってしかるべき存在じゃ」



 それが最善の道なのだろうか。


 エストリーゼは訝る目を向けた。



 ガイアは動じることなくその眼差しに応える。



「数ある子の中でも、ゼウスはアテナを溺愛しておった。完璧な文武両道、どの神からも敬われる性質。アテナもゼウスを慕い、追随を赦さない秀逸ぶりを発揮し、常に父親の期待に応えてきた。その成果の一つがティターン戦争ティターノマキアにおける百戦百勝じゃ。百一回目に破れ、継承者に人間を選んだ愛娘をゼウスがどう思ったかは知らぬがな。しかして、そのアテナの継承者たるそなたがクロノスを討てば、その望みは思いのままだろうて」


「では、その方法を!」


「まぁ、慌てるな」



 今すぐにでもクロノスの元へと飛び出してしまいそうなエストリーゼを、ガイアは笑って制した。



「早く神膜しんまくを修復しなくてはいけないのでしょう」


「あの守護神でもあるアテナが紡いだ神膜じゃ、そう簡単には消滅せん。物事には順序があるのじゃ。たがえると足元から崩壊するぞ。頭を冷やせ、アテナ継承者エストリーゼ」



 その名で呼ばれることは久しい。


 エストリーゼは何かに打たれたように立ち竦んだ。



「ティターノマキアが百一回目をしても終結に至らなかったには訳があるのじゃ」



 ゼウス殺害に失敗したクロノスは、一転して王権を狙われる者となった。


 そして叛旗はんきを翻し襲いかかってくるオリュンポス軍を極度に恐れたクロノスは、はがねとりでを築きタルタロスの丘に閉じこもってしまった。


 故に何度戦争を起こそうと、ゼウスはクロノスを討てなかったのだ。


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