第74話 混沌の共鳴
一筋の涙が頬を伝い、雫が手の甲を叩く。
ガイアの言葉には、とてつもなく順当な論理性が感じられる。
その正当性は自分自身の経験の中にすら易々と裏打ちされてしまうほどに絶対的だ。
妹の死を恐れ、祈った日々こそそれなのだ。
しかし、不思議と納得はできなかった。
何かが足りないとエストリーゼは強く思う。
それが何なのか自分は知っているはずだ。
思い出してみよう――。
瞳を閉じ心を鎮めると、記憶の糸をたぐり寄せた。
頭に浮かんでくる一つひとつの光景に、エストリーゼは静かに頬を緩める。
「……違うわ。それは違う」
小さく呟きながらゆらりと立ち上がる少女の姿に、ガイアは目を細めた。
「そなた、
肘をつくガイアの身体が小さく震える。
何かを期待するかのように、
「わたしたちは常に死を恐れる。いつも何かに
エストリーゼの口からただただ真実だけが溢れ、昇華されていく。
「――だけど、それだけじゃない。それだけじゃないんです! だからこそ、わたしたちは『今』を生きようと努力する。その時を逃すことなく自分の胸の高鳴りを信じて進もうとする。そして、わたしたちは……」
打ち震える大地の女神ガイアに向かって、エストリーゼはふと柔らかく笑った。
「心の底から慈しみ、歓喜することを覚えたのです。そう――人は笑うことを知ったのです!」
プロメテウスが伝えたのは、死への恐怖だけではない。
生命を謳歌するために必要な喜びをも与えてくれた。
笑うという行為は人間にだけ赦された感情の表現。
人は愛する者の笑顔を守るためならば、己の死すら恐れない。
それがいかに大切な感情であるのかを裏付けている。
ガイアを襲っていた細波はその足元へと伝染し、空間を左右に揺さぶった。
同時に遠くから小さな音が響いてくる。
聞き覚えのある教会の鐘の音。
エストリーゼの耳にはそう聞こえた。
「……混沌の共鳴じゃ」
小さく始まった鐘の音は、次第に大きくなっていく。
ひとつだった音は、今やいくつもの鐘の音となり、折り重なるように空洞を駆けめぐる。
双眸を閉じ、エストリーゼは祝福の鐘の音をその身に受けた。
身体に漲るのは女神の力なのか。
それとも本来もつ人間の力なのだろうか。
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