第73話 プロメテウスの罪

 話題転換の必要があったのだろう。


 一呼吸ついた後、ガイアは徐に切り出した。



神膜しんまくを修復したくば、プロメテウスをカウカソス山から解放せねばならぬ」



 エストリーゼはハッと顔をあげた。


 自分は進むべき道について教えをいにきたのだ。



「どうか教えてください。ゼウスに彼を解放させるすべを」


「できぬ。混沌カオスがそれを赦さぬ限り」



 ガイアの表情は至って涼しい。


 それほどまでに明確な理由があるからだろうか。



「まさか、混沌が望んでいるとでもいうのですか? ゼウスが彼にあのような非道な罰を与えることを」



 エストリーゼは悲痛な声をあげた。


 生きながらに肝臓を喰われる地獄の苦しみと、不死の身体の再生。



 永遠に続くその連鎖。


 彼の犯した罪とはどれほど大罪だというのだろうか。



「プロメテウスの罪は重い。人類に火を伝えたことで、本来は必要のない知恵を与えてしまったのじゃ。それがどんな罪深い行いなのか分からぬか?」



 ガイアは試すようにエストリーゼに問うた。


 その目からは何の感情も伺い知れない。



「そなたが家族の命を救いたいとこいねがった罪とて、プロメテウスが犯した罪に由来する。つまり、すべては死への恐怖に起源するのじゃ」



 神々と異なり人間の生命は永遠ではない。


 いや、人間に限らず生命在るものは全て死す。



 それがことわりだからだ。


 しかし、人間は死を自覚し、いつもその影に恐怖する。



 他の生物は死を受け入れ脅えるなどないのに比べ、人間だけは抗おうと無闇な時間を費やす。


 死への恐怖が互いの命を奪い合う、そんな愚行を易々と起こしている。



 高い知能を手に入れてしまった故に。


 死への恐怖は、生まれた瞬間から心に巣くい人を蝕む。



 恐怖故に殺し合い憎しみあう。


 始まってしまった怨恨の連鎖は、それが生まれた淵源えんげんすら忘れさせてしまうほどに暴走していく。



 さらに。



 知恵をつけた人間は、懸命に生きることから逃れるために死さえも利用する。


 自分自身が死を望むという大罪すら犯すのだ。



 なんと嘆かわしい現実だろう。


 そして、それらは全てプロメテウスが犯した罪だとガイアは公言している。



 エストリーゼは声を失った。


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