第十四章 鍵を求めて

第77話 残りの鍵

「いつまで隠れておるのじゃ。二人とも、いや三人とも出てきやれ」



 エストリーゼが去ったあとも、ガイアはその場に留まった。



 幾分うんざりとした口調で、ぼんやりと光を放つ苔生こけむした柱へ向かって大声を放つ。


 凛とした彼女の声は、どこまでも続く空間に、長く反響して消えていった。



 しかし現れた美貌の二神の姿を見て、ガイアは息を呑んだ。



「ごきげんよう、ガイアのオバ様。お元気そうでなによりですわ。それに今日は、いつもより随分と若いお姿ですわね」


「ふん。いつもはそなたがわらわに今にも死にそうなヨボヨボの老婆の姿を想像するから悪いのじゃ。この大地の女神ガイアに対して至極無礼な女神じゃ、まったく忌々いまいましい。――で、二人して何の冗談じゃ、その髪は。新しい娯楽かえ?」



 本来煌びやかなはずの二人の髪が黒く染められている事実は、ガイアを思いの外驚かせていた。



 活発で小生意気なアフロディーテならまだ分かる。


 だが、最高に高慢ちきなこの男が自慢の白銀髪を黒く染めることなど、限りなくあり得ぬことだ。



 それこそ、世界を照らす太陽が暗黒の地底に沈んでしまう。


 そんな激甚災害げきじんさいがいさえ起こってもおかしくはない。



「お気に召してはいただけませんかね? これでも結構私は気に入っているのですが?」



 黄金の目にかかる黒髪を優雅に払ってみせながら、アポロンは薄く笑う。



「やめておけ、胸くそ悪いその笑顔。目眩がするぞえ。どうせ新しい遊びなのであろう。――して、何の用じゃ? 賢者グラウコーピスまで引き連れて」



 ガイアは心底疲れたという素振りで目頭に手を当てた。



「偉大なる大地の女神ガイアよ。どうかボクたちに、残りの鍵をお渡しください」



 アフロディーテの肩に留まったグラウコーピスが崇めるように訴えた。


 ガイアはまた椅子に腰掛け、ゆるりと両手を開く。



「賢者グラウコーピス、そなたの要求は何のことかわらわには分からぬぞ? 継承者エストリーゼには、先ほどちゃんと鍵を渡してやった。わらわは世界の中心、地母神ガイア。わらわの優しさはそなたもよく知っておろう。のう? アポロン」



 妖艶な笑みを浮かべるガイア。


 しかしアポロンは思いがけず冷笑を返した。



「なんじゃその態度は。無礼じゃて」



 彼の態度にあからさまな不機嫌を示す彼女へ向けて、彼は嘲笑混じりの言葉をかける。



「これは失礼。私は熟女も大好きですし、貴女のことは敬愛してるのですがね。しかし嘘はいけない。女性は素直な方が可愛いのですよ? たとえ少し凶暴だったとしてもね。さぁ、残りの鍵を渡していただきましょうか」


「まさか、そなたが自らあの継承者エストリーゼに協力するとでも言うのかえ? 元は人間の小娘なぞに加勢するだと? わらわにはどうにも信じがたいぞ! あまりに奇怪。天変地異でも起こりそうじゃ」



 ふて腐れた表情で、ガイアは渋々しぶしぶ銀の鍵をアポロンへと手渡した。


 そして三つ目の鍵を手に、ニヤリと笑う。



 その視線の先に立つのは――。



 愛と美の女神。


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