第二十一章 アポロンの憂鬱

第112話 彼女を待つ日々

  天使が楽園へと誘い


  殉教者が出迎える


  そうしてあなたを聖なる都に導くのです


  天使の合唱に受け止められ


  永遠の安息を得られますように




 *****




 ふくろうの姿を黄金の瞳が追う。


 その視線に全く気を向ける様子もなく、梟はパタパタと小さな羽音を響かせている。



 柔らかい灯りが点る神殿内を、グラウコーピスは忙しく飛び回っていた。


 その姿を寝台から眺めていたアポロンは、長く深い溜息をついた。



 髪粉で染めた黒髪は、すでに白銀髪へと色を戻していた。


 その髪の下で端正な眉が難しげに寄っている。



 トトン、トトン。



 小さな音が、所在なさげに長い指から生まれ出る。


 寝台の縁を彼の指が弾き、しきりに苛立ちを訴えているのだ。



 暫くして、思い立ったように竪琴を引き寄せ小さく弦を鳴らしてみる。


 しかし即座に眉根を寄せ、心底面白くないというようにおもむろに竪琴を寝台の上へと投げ捨てた。



「あぁ、つまらない。それに実際、なんてひどい梟なんだろうね! 私は怪我人で自由に動けないというのに、君は楽しそうに私の神殿を飛び回っている。嫌みにも程があると思わないのかい?」



 不愉快至極と言わんばかりの言葉を浴びせられながらも、怯む様子もなくグラウコーピスは適当に答える。



「意外と傷は深かったんだな。もう随分時間が経つのにまだ完治しないなんて。医術の神が情けないぞぉ」


「ふん。神のやいばは特別なんだよ、普通の怪我と一緒にしないでくれるかい。――ところで君は私の神殿へ夜な夜なやってきて、いったい何をしているんだい?」



 アポロンの部屋に設置されている見事な暖炉の縁へ留まると。


 グラウコーピスは初めてアポロンに向き合った。



「ああ、参考にさせてもらおうと思ってね。暫く使われてなかったアテナ神殿を改装しておこうかと。アフロディーテの神殿も素敵だったけど、やっぱりおまえの神殿の方がボクの好みだし」


「当たり前だ。私の神殿が一番洗練されているに決まってる。だけどグラウコーピス、神殿を改装なんかして君がひとりで住むのかい?」



 アポロンのとぼけた質問に、グラウコーピスは一笑した。



「おまえ、最近頭が弱くなったのか? それとも神の刃で脳まで切られちゃったとか? エスティが帰ってくる前に、彼女の神殿を調えておくんだよ。いつでも歌えるように音響の良い部屋やコンサバトリーなんかもあった方がいいかなって。すでに極上のクラヴィーアも用意してあるんだぞ。いいだろう、羨ましいだろう」



 ガタンと音を立ててアポロンは立ち上がった。


 しかし脇腹に激痛を感じて、情けなくよぼよぼと寝台へ戻る。



「グラウコーピス! 君って梟は、全くなんて余計なことをしてくれるんだ! 以前と同様に、彼女は私の神殿に迎えるつもりでいたというのに――。あぁ、私はショックで死んでしまいそうだよ」


「勝手に死亡してくれ。じゃ、また明日くるよ」



 アポロンの嘆きなど露とも思わず、グラウコーピスは神殿から出て行った。


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