第113話 竪琴の音

 ひとり部屋に残されたアポロンは。


 寝台の上で額に腕を置いたまま、どこともなく空を見つめる。



「もう、私のもとへ帰ってきてはくれないのだろうか……」



 小さな呟きは、積年の寂寥感しょうそうかんを漂わせていた。




 どのくらい前からだろうか。


 その黄金の双眸に宿る光彩メランムに気づいたときから、自分はずっと孤独だった。



 ガイアの予言が下されると、ゼウスは突然己の子供たちに猜疑さいぎの目を向けるようになる。


 ゼウスに危機感を与えてしまえば、恐らく自分は殺されるだろう。



 聡明な彼はゼウスが注ぐ自分への視線に気がつくと、すぐにその瞳の奥深くに光彩メランムを封じ込めた。


 そして放蕩を装うのと同時に、極力他の神々との接触を避けた。



 戦争になど興味はないと徹底した態度を取り続け。


 それ故に王権への野望をも気づかれることはなかった。



 そんな彼を見て、他の神々は当然馬鹿にした。


 音楽と情欲に溺れる無能な神だと。



 もちろん狙い通りなのだから、彼はその評価に十分満足していた。



 けれど。



 彼とて永遠に続く孤独に耐えられるはずはない。


 がいなければ、どこかで彼は迸る光彩メランムを抑えきれなくなり、解放してしまっていただろう。



 そして、あっけなくゼウスに見つかり闇に葬られていたことだろう。


 そう、ただひとり。



 アテナ――その女神がいなかったとしたら。



 彼女はどの神からも信頼される最高の女神でありながら、戦役に参加しない彼を中傷することはなかった。


 それどころか、アポロンが奏でる竪琴を愛してくれた。



 終わり無き戦争のせいでアテナに聴かせる機会は少なかったが、それでも時間の赦す限り彼の竪琴を求めてくれた。


 アポロンはもう一度竪琴を手に取ると、小さく弦をつま弾いた。



 静かな薄暗い部屋に響く微かな音が、寂しさを増長させていく。


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