第108話 黒き光彩《メランム》

 エストリーゼとゼウスのやり取りを知ってか知らずか。


 アポロンは悪戯っぽく口を歪める。



「まさか……ね。君は、アテナは全て理解した上で殺されたんだとでも言うのかい? 私がわざと道楽者の振りをしていることも、そのせいで自分が狙われることをも彼女はとっくに知っていたとでも?」



 エストリーゼはキッと視線のナイフを飛ばす。



「あなたに分からなくても、彼女を継承したわたしには分かる。彼女は、真に愛する者を守ったのよ」



 沈黙の時間が流れた。



 けれど、まだ駄目だ。


 アポロンの光彩メランムは解けていない。



 アポロンは黒髪の下で一度双眸を閉じると。


 悲しみと憎しみとが入り交ざったような辛い表情を返した。



「百歩譲ってそうだったとしても、君は私が感激するとでも思っているのかい? 放蕩を装って過ごしているこの私が、知らないうちに彼女に守られていた。それを素直に喜べと? いや、君がそう諭すならば、今、私がゼウスを倒すのは至極正当な成り行きだろう? アテナを殺したこの男に復讐を!」



 金の弓に三本の矢を同時に構えると、アポロンはゼウス目がけて解き放った。


 その動作は止まることなく繰り返される。



 流れる動作で次々と放ち続けられる矢は、直線的にゼウスに向かうだけでなく、弧を描き、あらゆる方向からも彼を突き刺さんと降り注ぐ。



 アポロンは弓矢の神でもあるのだ。


 剣ではとても防ぎきれる攻撃ではない。


 このままでは、間違いなく無数の矢がゼウスを突き刺すだろう。



「障壁を! ゼウスを取り囲め!」



 上空へ飛躍し、矢の雨を剣で薙ぎ払いながらエストリーゼは叫んだ。


 アテナの感性が、力をどう制御すべきかを考えなくとも伝えてくる。



 ゼウスの身体は薄緑色をした障壁に包まれ、アポロンの矢を全て跳ね返した。



「流石、守護神でもあるアテナの力。彼女が形成する障壁は鉄壁か」



 賞賛の言葉が終わる前に。



 アポロンは左手に持つ金弓を剣に変え、ゼウスに向かって斬りかかろうとする。


 宙で身体を回転させ素早く移動すると、エストリーゼはアポロンが振り下ろす黄金の剣を捕らえた。



 今しかない!



 そう思うと同時に。


 エストリーゼは至近距離にある黄金の目へ向けて黒曜石の瞳を光らせた。



「うっ……」



 鋭い光芒が脳髄を貫き、堪らずアポロンが両目を細める。



 その瞬間に、ゼウスの身体は自由を取り戻す。


 彼女の目から発せられた黒き光がアポロンを怯ませるのに成功したのだ。



「今です、ゼウス!」



 呪縛が解かれた身体は、弾かれたようにその場を離れる。


 肩に刺さる金の矢を一気に抜き去ると。


 傷口を押さえ、ゼウスは素晴らしい速さで姿を消した。


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