第109話 アポロンの嫉妬

 アポロンはゼウスを追わなかった。


 後方へ飛び退くと、穏やかな笑顔を見せる。



「良かったねぇ。ゼウスはすぐにでもプロメテウスを解放してくれるつもりのようだよ。よほど私に殺されるのが恐ろしかったとみえる」


「あ、あなた……まさかその為にわざと?」



 堪らずエストリーゼは驚愕の声をあげた。


 彼はゼウスにプロメテウスを解放させるため、今の演技で協力してくれたのだろうか。



「さあね。――私はどちらでも良かったんだよ? ゼウスがここで大人しく私に殺されるなら、それはそれで混沌カオスの意志ということにして。君が彼を庇うなら、別に今すぐに彼を殺す必要はないわけだしね。まぁ、私の力を知られてしまったわけだけど、命を狙われたとしても今の私は彼より強い。――だけどね、ここからは本気だよ?」



 アポロンは左手の剣を右腕に持ちかえると、徐にエストリーゼに斬りかかった。



 予想に反する展開を受け。


 激しく動揺したエストリーゼの状勢は、受身一点となってしまう。



「――ど、どうして? あ、あなたはわたしに償うって言ったじゃない」



 止まることなく繰り出される剣を受けながら、エストリーゼは叫んでいた。



「それとこれとは別問題だよ」



 アポロンは余裕たっぷりな口調で答えると、豹のような瞬発力で黄金の剣を斬りつけてくる。


 紙一重でかわしたエストリーゼの上腕に、一筋の線が生まれ鮮血を滴らせた。



「なにが別問題よ、この嘘つき! また約束を破るなんて最低最悪な男だわ。あなたには男としての誇りってものがないの?」



 飄々とした口調で理解できない言葉を発するアポロンを睨みつけると、エストリーゼは食ってかかった。


 そんな彼女の吐く言葉に堪らず笑い声をあげたアポロンだが、少し首を傾げると悪戯な表情を見せる。



「この私が、大人しく君をあの男のもとへ行かせると思っているのかい? 神膜しんまくなど私にとっては知ったことではないのだよ。君があの男と無償の愛を語るなど、それこそ地獄だ。生憎だけどこのまま私と一緒に帰ってもらうよ」


「なっ、なに小さいこと言ってるのよ。あなたこそ小心者よ!」



 アポロンが堂々と言ってのける理由にエストリーゼは呆れ果てた。


 これがあの矜持きょうじの高い男だとは思えない。


 まるで、駄々をこねて困らせる子供ではないか。



「なんとでも。勝負に正義などありはしない。勝った者こそ正しい。敗者は勝者に従うべきなんだよ。どんな卑怯な手を使おうとね」



 剣を交えた瞬間にアポロンは黄金の目を光らせた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る