第110話 卑怯な手を使っても

 彼の目から放たれる光線はエストリーゼの脳を貫き、その力を奪おうとする。


 このままでは意識を奪われ、彼の思い通り神殿へと戻されてしまうだろう。



 あの日、あの時。


 メッシーナ劇場で出会った時のように。



 けれど急激に失われていく意識を感じながらも。


 今のエストリーゼの瞳から光は失われなかった。



「そう……ね。どんな卑怯な手を使っても――」



 ニヤリと口を歪ませると。


 エストリーゼは己の左腕を差し出し、組み合う剣の刃をなぞった。



 吹き出す鮮血がアポロンの双眸を真っ赤に染めあげる。


 その隙を逃すことなく、エストリーゼは翠緑の剣を彼の脇腹へと思い切り突き刺した。



「ぐっ!」



 苦しい声が彼の吐息となって流れ出る。



 迷いはなかった。



 そうしなくては、彼の放つ光彩メランムからは逃れられないと咄嗟に判断できたのだ。


 低いくぐもった声が再び耳を打ったが、動じることなく剣を引き抜いた。



 アポロンの脇腹から鮮血が流れ出て、彼の身体は真っ逆さまに地上へと落ちていく。


 エストリーゼも後を追うように落ちて行き、途中でアポロンの身体を捕らえた。



 身体を支えた状態でゆっくりと地上へ降り立ち、岩を背にして横たえてやる。



「私としたことが、まいった……ね」



 黒髪の下で苦笑するアポロンを尻目に、エストリーゼは彼の身体をそれ以上気遣う様子もなく宙へと飛んだ。



「わたしは行くわ。彼のこと、お願いね」



 前方から駆け寄ってくるグラウコーピスとアフロディーテ。


 彼らに笑顔を見せると、エストリーゼはそのまま飛び去った。




 わたしにできることをしよう。


 自分の犯した罪を償うのだ。



 エストリーゼはさらに速度を上げ、上空へと飛んでいく。


 彼が待つ、カウカソス山を目指して――。


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