第85話 君は私を許さない

 いつもと変わらない彼女の言動を耳にして、僅かな安堵を感じたのだろうか。



「君が気に入らないと言うのなら、すぐにどんな色にでも変えてみせよう。だから――」



 スラリと立ち上がると。


 アポロンは流れる動作でエストリーゼの腕を取った。



 そしてそのまま胸へ強く引き寄せる。



「願わくば、私に償いをさせて欲しい。永遠に続く命なら、いつかは君に赦される日が来るかもしれない」


「嘘つき! あなたの言葉なんて信じないわ!」



 掴まれた腕を振り払おうとするが、その手はさらに強く引き寄せられた。


 アポロンはエストリーゼの腕を自分の左胸に当て、強い語調で訴える。



「ここへその剣を突き立てればいい。アテナを継承し、君は女神の力を手に入れた。慌てる必要はない。今の君ならば、いつだって私に神のやいばを振るうことができるだろう?」



 真っ直ぐ見据える黄金の視線には。


 この男には到底ふさわしくないはずの誠意が存在していた。



 しかし、それを信じてしまうのは怖いと思った。


 恐ろしいのは、彼ではなく自分だ。



 今度裏切られたら、自分はどうなってしまうか分からない。




 だけれども――。





 限界だ。




 流れる涙も、漏れる嗚咽ももう堪えるなどできなかった。



 せきを切って溢れ出た涙は止まることなく、彼の黒いトーガを容赦なく濡らしていく。


 アポロンはエストリーゼの身体をぐっと引き寄せると、美しい目元を柔らかく緩めて呟いた。



「それでいい。君は私を赦さない。私はそのとげに突き刺されもだえ苦しみながらも、いつか君が私の想いに応えてくれる日を夢見るんだ。私はそれが嬉しくて仕方がない」



 堪えてきた悲しみを全て吐き出すかのように。


 エストリーゼはただただ泣き続けた。


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