第25話 晩餐会なんていかない

「二つ目、晩餐会の話だよね。――結局、今回の戦争はオリュンポス側が負けたんだ。双方共に多くの戦力を失って、こちらはアテナまでも失ってしまった」



 グラウコーピスはふくろうおもてに神妙な感情を滲ませた。


 アテナを失った事態の大きさは、エストリーゼにはよくわからない。



 けれど、この梟は彼女と長き時間を共にしてきたのだ。


 女神アテナを語るとき、グラウコーピスはいつも辛い過去を思い出すのだろうか。



「あ、戦力っていうのは必ずしも人間という訳じゃないよ。神々はその力でいろんな生物を生成できるんだ。人間の世界で言われるところの<魔物>や<魔獣>といった存在なんだけど。で、次の戦争をするためには、どちらもまた戦力となる生物を生み出して準備しなくてはならない。だからそれまでは休戦状態になるわけ。その間、神々は暇だから毎日のように晩餐会や舞踏会を催したりするんだ。エスティが呼ばれたのはゼウスの晩餐会だから、最高位のディナーってことになるかな」


「それ、行かないって断ったわ」



 うんざりとした表情で答える。



「えええ!? それは、ちょっとマズイかも……」



 丸い鳥の目を大きく見開いて、グラウコーピスは語尾を濁した。



「だってわたしは人間なんだもの。神々の晩餐会に出かけるなんて――」


「あー、エスティの言い分も分かるけど。でも、継承したからには君が『アテナ』なんだよ。出席しないと立場が微妙になる。それもゼウスの晩餐会ときてるわけだし。ちゃんと正装して出かけておいた方が無難だよ」



 ゼウスはこの戦争、ティターノマキアに勝ちクロノスを討てば事実上の王者となる。


 その彼が主催する晩餐会を断るのは、どう考えても利口ではない。



 エストリーゼはふて腐れたように頬を膨らせた。


 グラウコーピスの言いたいことは分かる。



 けれど、だからといって素直に従うつもりはない。


 それに第一――。



「ごめんなさい、グラウ。やっぱり嫌、あのアポロンとでかけるなんて――」



 脳裏に三人の女の裸体が浮かび上がった。


 顔がみるみる赤くなる。



「と、とりあえずその衣装棚から着ていく衣装は選んでおいたら? 彼の好みだろうから覚悟はした方がいいと思うけど……」



 青くなったり赤くなったりと目まぐるしく表情を変える彼女をこれ以上刺激しないように、グラウコーピスは控えめに提案した。



「で、最後。三つ目だけど、結論から言うよ。その腕輪はアポロンにしか外せない。彼の使う特殊能力の一つなんだ。だから、もしここにいるのがエスティではなく本物のアテナであったとしても、恐らくその手枷を解くことはできない。まぁ、あいつの結界自体は脆弱ぜいじゃくなんだけど、流石に腕輪を嵌められた者は通さないだろうな」


「そん……な」



 エストリーゼの顔を絶望が覆う。


 しかしそんな彼女に向かって、グラウコーピスは思いのほか明るい声をかけた。



「あいつが自分から言い出したんだよね? その腕輪を外せたら願いを叶えるって。じゃあ、本人に外させればいいんだよ」



 理解に苦しむエストリーゼの前で、梟の丸眼がくるくると回った。


 そして喜びを表すように、軽快にその躰を弾ませた。


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