第59話 退屈は御免

 エストリーゼが継承を終えた事象はすぐに世界を駆け巡り、全ての神々に知れ渡った。


 絶望の果てに手にしてしまった女神の力は、彼女にどんな変化をもたらすのだろうか。



 変わってなど欲しくはない。


 いつもの明るく元気な彼女でいて欲しい。



 グラウコーピスはすぐにでも彼女を迎えに行きたい気持ちでいっぱいだった。


 けれど、小さなふくろうの姿ではそれもままならない。



 不自由な自分に、悔しくて情けない思いを抱いていた。


 だがアポロンはその問いに答えることなく、自分の想いだけを口にする。



「私はね、自分にとって何が一番重要なのかを改めて自問してみたんだよ。そしてやはり思い至るのはいつもと同じだった。つまり、退屈は御免被ごめんこうむりたいってこと。そう考えるとねぇ、なんとも不思議なことに、私の矜持きょうじなどどうでもいいと思ってしまったんだ」



 信じられないものを見るように固まるグラウコーピスに微笑んで、アポロンは続ける。



「今までも私は永い刻を過ごしてきた。これからも永遠とも思われる刻を生きなくてはならない。だからね、だったら誰かのために罪を償って生きるのも、それはそれで一興なのではないか、とね」


「お……まえ、本気なのか?」



 アポロンはニヤニヤ笑うと。


 いつものように「さあね」と気のない返事をした。



 そうは言っても、彼は気に入らないことには絶対に従わないだろう。


 そう思ったけれど、グラウコーピスはそれでも嬉しくなった。



「グラウコーピス。君はわくわくしないのかい? 神々でさえも忌み嫌うタルタロスへ赴くんだ。私は心が躍って仕方がない。これを楽しまずしてどうするというのか!」


「あ、あれ? タルタロスへ行くのか? ボクはてっきり……」



 予定と違う目的地を告げられて、グラウコーピスは落ち着き無く目玉をぐるりと回した。



「そう、賢い君の考えは当たっている。彼女はクロノスの指示でテテュスに攫われてしまったけれど、囚われたわけではない。ましてや殺されるなんて事態にはなり得ない。女神継承が完了したなら、そろそろ解放される頃だろうね。そして――彼女はひとり旅立つ」



 うっとりと自分に酔ったように、胸に手を当てるアポロン。



「ひとりぼっちじゃエスティが可哀想だ。早くボクたちも出発しようよ!」



 急かすグラウコーピスへ、アポロンはふて腐れた表情を返した。



「嫌だね。彼女はどうせに会いに行くんだろう? 冗談じゃない、私はあの男だけは苦手なんだよ? 君はいいかもしれないけれど、私にとっては最悪最低の相手なんだ。カウカソス山なんてつまらない場所にも行きたくはない。それに、あぁ、なんてことだろう! 私の心は嫉妬で狂ってしまいそうだよ。……だけど、悪くないね。こんな風にうずうずともんもんとした気持ちは初めてだよ。なんて新鮮なんだろう!」



(こいつ――マゾヒストだったのか……)



 グラウコーピスは心中で悪態をついた。


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