第十一章 岩山のプロメテウス

第60話 終わりなき生き地獄の連鎖

 キー、キキー。



 耳障りな鳴き声が耳朶じだを打つ。


 不吉な怪鳥がその山の頂を黒く染めていた。



 夕陽の色に彩られ、山は燃え立つように揺らめいて見える。


 赤茶けた山肌に、墨を吹き付けたように黒く漂う鳥の群れ。



 それは、まるで山が吹き上げる灰のようだ。


 夕刻になると、山頂にたむろっていた無数の禿鷹はげたかは皆巣へと戻っていく。



 列を成し、宙を移動するエストリーゼの横を掠めると、闇を纏った嵐のように一塊となって飛んでいった。


 そのくちばしには皆、肉片を咥えている。



 人を愛し慈しむプロメテウスは、かつて人類に「火」を伝え、知恵を授けた。


 そして彼らを神々の戦いから守るため、アテナと共に神膜しんまくを形成した。



 彼はティターン神族。


 そしてアテナはオリュンポスの崇高な女神。



 敵対する勢力の間に立ち塞がる、その絶対的な垣根を超えて――。



 禁忌の行いに激怒したゼウスは、このカウカソス山の頂上に彼をはりつけにした。


 日中は生きながら禿鷹に内臓をついばまれ地獄の責め苦を味わい、夜になると不死の身体は再生する。



 与えられた罰とは、終わりのない生き地獄の連鎖。


 そして、愛するプロメテウスが未来永劫この苦しみを受け続けること。



 それが、ゼウスが愛娘アテナへ下した罰だった。


 彼女の嘆きはいかほどであったのだろうか。




 苦しい。



 内にあるアテナの感性がエストリーゼの中で踊り狂っている。


 山頂に近づけば近づくほどにそれは強くなり、彼女の呼吸を荒くさせた。



 目的の岩場に辿り着くと、エストリーゼは赤いトーガのままドサリと膝を突く。


 今にも内臓が飛び出しそうなほど苦しい呼吸を懸命に整えようと努力した。



 頭上の岩には磔にされている人影を感じる。


 その存在にアテナの心がさらに強く揺さぶられ、簡単には収まる様子がない。



「そうか……アテナは、継承者におまえを選んだのか。私の愛する人間を――」



 優しい声音が降ってきた。


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