第58話 アポロンの誤算

 気が遠くなるほど昔からこの男を知っている。


 けれど、こんな弱音じみた言葉などただの一言だって聞いたことがない。



 彼はいったいどうしてしまったというのだろうか。


 グラウコーピスの動揺を尻目に、アポロンは腕に負った傷を眺めていた。



 エストリーゼに拒否され、青い稲妻に打たれた火傷の痕だ。


 だいぶ治癒してはいるようだが、まだ完全には痕が消えていない。



 白皙はくせきの肌に残る傷痕は炎のような模様を描いている。


 まるで彼女の怒りを表しているようだった。



「私はね、ずっと考えていたんだよ。あんな小さな取るに足りない約束を守れなかったという事実を――」



 うんざりしたように、アポロンは「ふん」と鼻を鳴らした。



「そう、認めざるを得ない。あの日、彼女の願いを叶えられなかった失態は、まさに私にとって青天の霹靂へきれきだったんだ」


「待てよ! あの時は本当に、単純に間に合わなかったのか? あの惨劇を行ったのはクロノスなんだろう? そこまでおまえが責任を感じる必要があるのか?」



 グラウコーピスの詰問に、アポロンは軽く目を伏せた。



「どうあろうと私に弁解の余地はない。あの惨状が現実であったこと。それが全てだ」



 アポロンが降り立ったときには。


 すでに教会といわずあの地域一帯に生きている人間の気配はなかった。



 彼が救済へのタイミングを推し測った限りでは、間違いなく間に合うはずだった。


 しかし神であるティターン神族が干渉したとあれば、そんなものは容易に曲げられてしまう。



 人の運命など、神のその心一つで振り回される代物でしかない。


 アポロンの言う誤算とは、まさにクロノスの干渉であった。



「エスティを……迎えに行くのか?」



 恐る恐る問うた言葉は小さく、か細かった。


 エストリーゼはきっと泣いている。


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