第40話 血に濡れたアテナ
その日。
アテナは致命傷を負ってアポロンのもとへやってきた。
彼の楽園のように煌びやかな神殿に。
アテナは甲冑姿で遠慮無くずかずかと入っていく。
その手には血で汚れたストールを握っていた。
「どうしたんだい? 今にも死にそうな傷を負ってるというのに、君の顔はニヤニヤしているよ? 薄気味悪いじゃないか」
甘い香油の香りが漂う中で、アポロンは胡乱な目を向ける。
アテナの顔は真っ青で、その唇はすでに紫色に変色してしまっていた。
けれど翡翠色の瞳に宿る光は明るく、死を予感させる顔には不釣り合いなほど楽しげな微笑を湛えている。
「受け取れ、アポロン!」
徐に投げられたストールは、寝そべる女たちの間に落ちた。
血の滴る布地を見て。
裸体の女たちは悲鳴をあげ、一目散に逃げていく。
アポロンは至極辟易したという身振りをした。
「なんてことをするんだい? 無骨な君と違って、精霊は純真なんだ。彼女たちにそんな物騒なモノを投げつけるなんて、まるで幼いいじめっ子のようじゃないか」
「しかし女たちがあっという間に逃げ去る様子は、一興だっただろう?」
楽しそうな笑い声をあげるアテナの表情は、少女のように明るい。
「馬鹿なことを言うのではないよ、アテナ。私の大切な愛人たちが、もうここへ寄りつかなくなってしまったらどうしてくれるんだい? 君は本当に困った女神様だねぇ。――で、私に何か用があるのかい?」
呆れ果てたと、浅い溜息を漏らしながら。
アポロンは寝台の横に置かれた杯に手を伸ばす。
「おまえの力を必要とする人間がいる。その人間の願いを叶えて欲しい」
アポロンは杯に整った唇を寄せた状態で、眼球だけをアテナに向けた。
睨むように視線を合わせたまま「君も飲んだらどう?」と手に持つ杯を渡そうとする。
そして「いらん」と答えるアテナに、ふんと鼻を鳴らしてみせた。
「つまらない。なんてつまらない用件を持ってくるんだろう! どうせ病気の人間を助けろといった類の願いだろうが、そんなことに私が手を貸すとでも本気で思ってるのかい?」
「凄いな、おまえ! よく分かったな!」
アテナは心底感心して声をあげた。
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