第41話 悪趣味じゃないんだよ

 その様子に、アポロンはより一層ムッツリとした表情をみせる。



「……当然、何かとても楽しいことを用意してくれているんだろうね? 分かってると思うけど、大抵のことでは私は承諾しないよ?」


「ああ、もちろんだ!」


「なんだか……嬉しそうだねぇ。一層、胡散臭うさんくさいな」



 アポロンはうっそりと呟くだけで、まったく乗る気が起こらないようだ。



 それはいつものことと。


 アテナは何も気にする様子なくアポロンに切り出した。



「どうだ! わたしをお前にくれてやる。それで手を打ってくれ!」



 カランと銀杯が床に落ちた。


 彼はなんらかの衝撃を受けたらしい。



 少し間をおいてから、アポロンは掠れた声を出した。



「……あぁ、なるほどねぇ。そういうことなのかい? 君もここへきて、とうとう私に抱かれてもいいと……」



 鈍い音が部屋に響いて、アポロンの頬はみるみる真っ赤に染まっていった。


 容赦ないこぶしが彼の可憐な頬へと食込んでいる。



「アホも休み休み言え! そんなことではない!」


「……私の美しい顔をかえるのように扱うのは、君くらいのものだよ」



 ぼそぼそと不満を垂れるアポロンに、アテナは追い打ちをかける。



「アフロディーテはいつもおまえに危険物を投げるのだろう?」


「……」



 アポロンは赤く染まった頬を引き攣らせた。


 愛と美の女神は、自分にだけは愛も美も与えてはくれない。



「ともあれ、わたしはもうすぐ死ぬ。跡形もなく消滅する。おまえだって生まれてこのかた一度も神が死ぬ様子を見たことなどないだろう? それを見せてやろうと言ってるのだ。どうだ、興味があるだろう?」



 アポロンは逡巡しゅんじゅんした。


 確かに不老不死の神が死を受け入れる場面に居合わせるなど、なかなか叶う経験ではない。



 だがしかし。



「残念だけどね。私の推測では、神だろうと人間だろうと死にざまは大差ないと踏んでいるんだよ。正直、興味はあるけれどそれはほんの少しだけ。それに身内が死ぬっていうのにそれを見て楽しむなんて、そこまで私は悪趣味じゃないんだよ?」


「ふん、おまえにしては珍しく真面目だな。どうしても駄目なのか?」


「いや、だから、君が私に……」



 アポロンは同じてつを踏んだ。


 今度は腹にアテナの拳が食い込み、目から星が流れ出る。


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