第39話 安心していい

「そうして戦争が終わるの? 神膜しんまくは……」



 頭の中に突き刺さったゼウスの言葉は。


 呪いのように未だエストリーゼに纏わりついている。



 そんな彼女を軽くあしらうようにアポロンが答えた。



「安心していい。君はクロノスを殺せない。それとね、戦争を終わらせるかどうかを決めるのは、私たちオリュンポスの神々ではないのだよ」


「それなら……誰が?」


「敢えていうなら<混沌カオス>とでも答えておこうか」



 まったく理解できないというエストリーゼの顔を確認するまでもなく、アポロンは続けた。



「この戦争が終結しないのも、アテナが殺されたのも、全ては混沌が決めた未来だ。私の意見に異論はあるかい? 賢者グラウコーピス」


「まさか、まったくボクも同感だ」



 話を振られたグラウコーピスは即答した。



 なかなか回復しないエストリーゼの様子に、ゼウスの話題から離れた方がいいだろうと判断したのか。


 グラウコーピスは、僅かな沈黙のあと徐に話を切り替えた。



「アポロン。――おまえはアテナの最期を看取ったのか?」


 しかしふくろうが口にしたのは、話題転換と言えるほど明るい内容ではなかった。


 ハッとしてエストリーゼはアポロンを振り仰いだ。



 あの日、アテナは最後の力を振り絞って彼のもとへ行ったはずだ。


 アポロンは彼女を看取ったのだろうか。



 女神アテナを主人としていたグラウコーピスにとっては、恐らくずっと訊きたかったことに違いない。


 卵に還されたグラウコーピスがエストリーゼに手渡されてからの話だ。



 グラウコーピスはアテナの最期を知らない。


 アポロンはグラウコーピスを流し見てから、エストリーゼと軽く目を合わせた。



「さあね」



 口の端を持ちあげて狡そうな表情をする。


 その態度に応じてグラウコーピスが息巻いた。



「さては、本当はアテナと約束したんだろう!? エスティの願いを叶えるって! なのにボクたちをからかって遊んでいたんだなっ! 違うというならちゃんと説明してみろよ!」



 グラウコーピスの言葉に触発されて、堪らずエストリーゼも食って掛かった。



「まさか、あなた嘘を……ひどいっ」



 グラウコーピスを筆頭にして、爆発したかのように月より輝く男を責め立てる。



「ああ、五月蠅い! 分かったから、二人とも私の耳元で雑音を奏でるのはやめてくれないか。頭が痛くなってきた」



 音楽の神アポロンは、不幸なほどに耳が良いらしい。


 こめかみに指を当て、本当に参ったという態をした。


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