第27話 見え見えの戦略

「あ……あなたの指揮も素敵だったわ。とても的確で、演奏者も客席も魅入られていた。それに何より美しくて最高だったわ。だけど、本物の指揮者マエストロはどうしたの?」



 楽曲の意図。


 音の流れ。


 歌詞が伝える感情。



 緊張と弛緩。


 全体におよぶ頂点や重心。


 躍動感溢れる指揮法。



 すべてにおいて彼の指示は行き届いていた。



「当然、私の指揮は完璧だ。舞台に出る直前に、彼には下手の袖で眠ってもらったよ」


「……そう。それでも最後まで演奏できたら良かったのに……」



 エストリーゼは声を沈ませた。


 その様子に一瞬だけ視線を向け、アポロンは頬を緩める。



「どうかな……今夜、晩餐会の後に、少しだけ人間界の歌劇オペラでも観に行くかい?」



 エストリーゼは驚いて顔をあげた。



 ――こんなに順調でいいのだろうか。



 不自然にニンマリ顔をする彼女を見て。


 堪えきれなくなったアポロンは「ぷっ」と吹き出した。



 そして両手を開いて意地悪な物言いをする。



「ただし、その腕輪は外さないよ。残念ながら君の策略は見え見えだ」



 あっさりと見破られていた。


 侮っていたわけではないがやっぱり悔しい。



 エストリーゼはぐっと拳を握りしめた。


 そんな彼女を見て、意外にも彼は爽やかな笑いを零す。



「だけど――そうだねぇ。方法は間違ってないと言っておこうか。つまり、私は君の声が気に入ってるんだよ。添い寝して一晩中歌ってくれるというなら、考えてあげてもいい。どう?」



 アポロンは先日に続いて、またしても迫ってきた。


 白く端正な手でエストリーゼの黒髪を梳きながら、黄金の目を近づけてくる。



 呪縛に捉えられ、逃げられないと全身を強張らせた。


 その時。



 シュッ。



 突然、鋭い風切り音を響かせて。


 飛来した金属塊が、二人の間を割った。


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