第47話 糸が切れた操り人形

 全身の皮膚が裏返るような嘔吐感に襲われる。


 身体のどこにも力が入らない。



 糸が切れた操り人形のように。


 エストリーゼはドサリと身体を横たえた。



 狂気に呑まれ果てた彼女の黒髪を、無造作に誰かが掴み上げる。


 引き連れたような耳障りな遠吠えが、またしても遠くで絹を引き裂くように響いていた。



 オオォォオォォーーーオン。



「ふん、ケルベロス。ハーデスの犬め。どうせ高みの見物ときたんだろうけど、お生憎様」



 頭上で女の声がした。


 遠吠えの主を嘲笑っている。



「これくらいのことで情けないねぇ。これがアテナ継承者かい? ――黒目黒髪、闇の色。あたしより、あんたの方がタルタロスには似合いそうだねぇ」



 くくく、と笑う女の赤い唇が、悪魔のようにつり上がった。


 寒気を誘うほどに薄い水色の目と髪は、凍てつく氷のように無慈悲を極める。



 残虐な光景はエストリーゼの正気を奪い、全ての感覚を麻痺させていた。


 掴まれた黒髪がブチブチと切れる音が鼓膜に刻まれていく。



 女は放心状態のエストリーゼをひょいと軽く持ち上げる。


 肩に背負い、疾風の如く空を飛んだ。



 重力など、この女の移動には何の障害にもならないほどに俊足だ。



 しかし、数秒後――。



「ぎゃあああぁぁぁぁ……!」



 闇夜を絶叫がつんざいた。


 水色の女の肩に細い金属が深々と刺さっている。



 それは、金の矢。



「返してもらおうか。彼女は私のものだ」



 黄金の弓矢を持つ煌びやかな男を認めると。



「ちっ」



 女は大きく舌打ちした。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る