第46話 目、目、目

 待って。


 ひとりにしないで。



 不安に耐え切れず悲鳴をあげようとした。


 けれど、声は少しも出なかった。



 恐怖に戦慄わななく身体は、己の意思に反してまたたきひとつも赦さない。


 その目はどこともなく虚空の一点を凝視している。



 一瞬さえも目をつむってはいけない。


 何かが起きようとしている。



 エストリーゼの目前で、ふと闇が闇を練り固めた。


 粘性の強い闇が、その身を限界まで慄然とさせる。



 やがて。



 凝固した闇からひとつのかたまりが生まれ出る。


 と、それはゴロンとエストリーゼの足元へと転がってきた。



 重量のある塊はいびつな動きで近寄り、視野の中央で姿を表す。


 ひぃ、と悲鳴を呑み込んだ。



 首だ。



 ――お母さん?



 即座に。


 もうひとつの首が地を這い、足元へと転がってくる。



 ――お父さん?



 エストリーゼはその場へ崩れ落ちた。


 噛み合わない歯の根は、ガチガチと奇妙な音を立て始める。



 そこへ、新たな首が誰かの腕で地上へと置かれた。


 ぐちゃりと奇怪な音を、土の中へ植え込むように。



 それは、妹タミアの――。



 極限に見開かれた視界に、さらなる惨状が映し出される。



 エストリーゼを睨む虚ろな――。



 目、目、目。



 三つの首が転がる後ろの闇には、累々と無数の首が続いていた。


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