第48話 決別の嵐

 エストリーゼを抱えたままアポロンを睨みつける女の額は、みるみる焦燥の汗で覆われていく。



「あ……あたしは、あんたとは戦わないよ!」


「なにを今さら」



 暗闇の空中で、アポロンは水色の女に向けて鼻を鳴らした。



放蕩ほうとうを装っていてもあたしにはおまえの力が分かる。その黄金の目からほとばし光彩メランムをうまく封じてるつもりだろうけど無駄だね。その目で睨まれるだけで、恐ろしさに身の毛がよだっちまうんだ。だけど、今回だけはあたしは尻尾を巻いて退くわけにはいかない! ――敵対する神々は対峙を避けるのが黙契もくけいだ。ここは邪魔せず通してもらいたいね!」



 逃げようとする女の言葉が終わる前に、新たな金矢が三本同時に放たれた。


 的を違えず、女の肩に全ての矢が突き刺さる。



 更なる悲鳴が空を貫いた。


 しかし、それでも女は歯を食いしばり、エストリーゼの身体を決して放そうとしない。



「テテュス、それが私にものを頼む態度かい? ティターンとは礼儀も知らないのか。それに第一、その暗黙の了解を破ったのはあなたの方だろう? 美しい女性を傷つけるなど紳士の私にとっては不本意極まりない行為。だけど生憎今は虫の居所が悪くてね。それでも私は優しいから、急所は外してあるんだよ?」



 テテュスと呼ばれた女は、痛みに顔を歪めながらもアポロンを睨め付けた。


 神経を張り巡らせ、逃げるタイミングをしきりに推し量っている。



 だか、今のアポロンがそれを赦すはずはなかった。


 テテュスの瞳に向けて、黄金の瞳孔を光らせる。



 その光線は彼女の双眸を通し、さらに奥へと突き刺さっていく。



「くっ……」



 脳髄に激痛を感じ。


 テテュスは堪らずエストリーゼを手放した。



 虚脱状態のエストリーゼの身体は、そのまま空中をアポロンのもとへと移動していく。


 しかし、彼が彼女の腕を取ろうとしたその時。



 エストリーゼは両目をカッと大きく見開いた。



「嘘つき! わたしに触らないで、あなたなんて大嫌い!!」



 突如。



 アポロンの手は幾筋もの青い稲妻に打たれた。


 彼に触れられることを、エストリーゼの身体が強烈に拒んだのだ。



 彼の白く美しい腕は青い煙をあげ、秀麗な面には苦痛の色が滲み出る。



「こりゃビックリ、手酷てひどく拒否されたもんだ! 稀代きだい伊達男だておとこ面子めんつなしだねぇ! どうやらこの娘は、あんたのことを憎んでるようだよ?」



 ケタケタと笑い声をあげるテテュス。


 素早くエストリーゼの身体を取り返すと、振り向くこともなくさらに上空へと飛びあがった。



 四本の矢を受けたまま。


 人形のようにぐったりとしたエストリーゼを抱え一目散に逃げていく。



 テテュスの向かう先、それは――。



 タルタロスの丘。



 ティターン神殿。


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