第97話 散会

 アポロンとアフロディーテが解き放ったヘカトンケイルは、すでにこの場を去りタルタロスの丘へと向かっていた。


 ティターン神殿を抜けた場所にあるはがねとびらを破壊し、奥に閉じこもるクロノスを引きずり出すために。



 エストリーゼとグラウコーピスが味方につけたブリアレオスも、すぐに後を追うこととなった。



「三人の中で一番美形とお聞きしておりましたが、わたくし納得しましたわ。美しさとは外見だけのことを言うのではありませんもの。貴方の知性と力は、わたくしの知るどの神々よりもずっと秀でていらっしゃる。それに何より、アテナお姉様を崇拝なさってたなんて、なんて素敵な偶然なんでしょう!」


「愛と美の女神は噂に違わず美しいな。だけど、それ以上に趣味がいい! この俺と相性抜群だ」



 アフロディーテとブリアレオスは、何か共通の価値観でもって意気投合したらしい。



「じゃ、ちょっくら俺も行ってクロノスを丸裸にしてくるぜ。だいたい鋼の砦とかなんとか言って、自分だけを守るヘンテコな城に引きこもるなんてこの俺が赦さねぇ。そんな情けない王者がいてたまるか! 絶対にぶっ壊してやるから安心しな。だけど、その後のことはそっちでよしなにしてくれよっ」



 上機嫌で去っていくブリアレオスを見送ってから。


 エストリーゼはもう一人の協力者がその場にいないのに気がついた。



「ところで、アポロンは……」


「お兄様はとっくの昔に帰られましたわ。もう自分の出番は暫くないからとか偉そうなことをおっしゃって。どうせ今頃は女を侍らせ、葡萄酒ワインでも飲んで遊んでますのよ」



 アフロディーテは、エストリーゼの帰還を祈ってひたすら待っていた自分とは違って、さっさと神殿へ戻ってしまったアポロンに不満を吐いた。



「あぁ、そうね。その通りだわ。グラウとアフロディーテも神殿へ戻ってちょうだい」



 二人は驚愕と憤怒の入り交じった声をあげた。



「エスティ、ボクは一緒に行くよ! もう君をひとりぼっちにしないって誓ったんだ!」


「わたくしだって最後までご一緒いたしますわ! もうこれ以上、エストリーゼの身を心配してひとりでドキドキしてるなんて耐えられませんもの!」



 鼻息を荒くして詰め寄る二人に押されながらも、エストリーゼはやはり神殿へ帰るよう促した。



「正確に言えばね、二人にはを連れてきて欲しいの。ガイアの予言が正しいとしたら、恐らくわたしにはクロノスを討つなどできないわ」



 クロノスを討つのは――ゼウス。


 そう決まっているはずだ。



 そして、恐らく彼もこの時を今か今かと待ち望んでいる。



「……分かりましたわ。その役目、わたくしが確かに承りました。ついでに暇で半死しているアレスにも声をかけて差し上げることに致しますわ」



 憂悶しつつもアフロディーテは素直に請け合った。


 エストリーゼの言わんとする内容が、彼女にもしっかりと理解できているのだ。



「ボクはエスティと一緒に行くよ!」



 エストリーゼは微笑して首を横に振る。



「駄目よ、グラウ。アフロディーテはひとりだと迷子になって、いつ神殿へ戻れるか分からないって話でしょ? グラウがちゃんと彼女を連れて帰ってくれなくちゃ。それに第一、グラウにはそろそろ睡眠が必要よ。だって、いくらここが陽が当たらない場所だといっても、もう何日も寝てないんでしょう? 睡眠不足のふくろうなんて足手纏いになるだけよ。アフロディーテの神殿で休ませて貰ってちょうだい」


「でも……!」



 食い下がるグラウコーピスを、アフロディーテの手が優しく包んだ。



「賢者グラウコーピス。エストリーゼはあなたを大切に思ってるのですわよ。我が儘をおっしゃっては彼女を困らせるだけですわ。神殿へ戻って少し休んだら、わたくしと一緒に迎えに参りましょう」


「……ごめん、エスティ。最近ボクは、やっぱり謝ってばっかりだ」



 手を振って、エストリーゼは心配そうにその場を去っていく二人を見送った。


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