第98話 再び、神膜を

 ひとりになった今。


 敢えて自分の中で整理しなくてはならないことがある。



 双眸を閉じると、得体の知れない違和感がエストリーゼを襲った。



 誰かを窮地に追い込む――。



 そんなこと、これまでの人生で一度だって考えた経験はなかった。


 アテナを殺したのがクロノスだとしても、かたきを討つのが自分であるとは思えない。



 それにそれとて事実は分かっていない。


 エストリーゼを拉致し、女神継承を促したクロノスの目的が掴めないからだ。



 アテナは、何故殺されたのだろう。


 自分は何故タルタロスの丘、ティターン神殿で殺されなかったのだろう。



 エストリーゼの頭は混乱していた。


 何が正しくて、どう自分があるべきなのかも自信が持てない。



 極めて不安定な精神状態だ。


 ひとつ深呼吸をすると、エストリーゼは頭を切り換えてみた。




 では、クロノスについてはどうなのだろう。


 まず第一に、自分は彼とは一度たりとも面識がない。



 そんな不確かな人物に、不明瞭な理由で、女神を継承したとはいえ人間の自分が手を出していいのだろうか。


 しかもタルタロスの丘へ追い込まれたとはいえ、彼は現世の王者には違いない。



 さらに言えば、彼はすでに敗者だ。


 王権を奪われる恐怖に打ちのめされ、はがねとりでの奥へ引きこもってしまっている。



 そんな弱者じゃくしゃを今更追い立てる必要はあるのだろうか。




 右手に翠緑の剣を出現させると、エストリーゼは頭の上へ掲げた。


 そして何かを断ち切るように気合いの声をあげ、剣を頭上へ突き上げた。



 恐らく自分は、最後までこの迷いを引きずるのだろう。


 けれど、ただ一つ確かなことがある。



 それは揺るぎない使命。


 再び、神膜しんまくを――。


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