第十八章 再び、神膜を

第95話 アフロディーテの憂鬱

 遅い。


 遅すぎる――。



 アフロディーテがその美貌を武器に、見事ギュゲスを下僕げぼくとして付き従え扉の外へと戻ってから、かなりの時間が経っていた。



 当然の如く、アポロンはコットスの攻略に成功していた。


 それどころかコットスはアポロンにメロメロの状態で、平常心を失っているとさえ思われた。



 いったいどんな手を使ったものやら。



 アフロディーテは心中で悪態をつきながらも、手を揉み絞ってエストリーゼの帰還を祈っていた。


 もし交渉が決裂し戦闘にでも発展しようものならば、ブリアレオスの助力を得るのは難しいだろう。



 それ以前に、いくら継承が完了しているとはいえ、はがねとりでを破壊できるほどの力を持つ怪物に、エストリーゼが腕力で勝てるとは到底考えられない。


 最悪の場合、喰われてしまう可能性だって否定できないのだ。



 アフロディーテの腕は金の扉に触れていた。



 ――助けに入った方がいいのだろうか。



 だがアポロンが言うように、エストリーゼはここでの試練を超える必要がある。


 そうでないと、彼女を信じて金の鍵を手渡したガイアの気も済むまい。



 エストリーゼの想いに多大な共鳴を示した混沌カオスでさえ絶望してしまうかもしれない。


 これはアテナを継承した者として乗り超えるべき試練なのだ。



 今後、彼女が女神としての地位をどう位置づけられるかという重要な岐路に立っているともいえること。


 ヘカトンケイルを従わせクロノス討伐に成功したならば、神々がエストリーゼに対して向ける真価は否応なしに高くなる。



 神も人間と同様に、その所業によって存在の価値を評価される。


 その点においては神も人も違いはない。



 きっぱりと定められた世界共通の概念だ。



(やはり)



 もう少し待とう――。



 小さな吐息を漏らし、アフロディーテは金の扉を離れ背を向けた。



 その時。



 後ろでガシガシと奇妙な音がした。


 振り向いたターコイズの瞳が、みるみる恐怖に彩られていく。



 巨大な扉を百本の手がこじ開けようとしていたのだ。


 腕は人のものだけでなく、動物や昆虫の脚のようなものまでも混ざっている。



 伸びた爪が金の扉を掻きむしり、異常なほど不快な金属音をまき散らす。


 さらに、僅かに開かれた隙間には、所狭しと五十の頭がひしめき合っていた。



 それらも当然人のものとは限らない。


 ひっと短い悲鳴をあげて、アフロディーテは後退した。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る