第90話 それぞれの扉へ

「君の相手はブリアレオスだ。ヘカトンケイルの中では一番の美形とされているようだけど、実際のところはどうなんだろうね? 百手巨人ひゃくしゅきょじんに美形もなにもあるものかと、私なんかは疑問に思ってしまうところだよ。けれど彼は、君が不利になるような相手だとは思わない。だから、ありのままの君で彼と対峙たいじしてごらん。きっと道が開けるはずだ。いいね? 私の女神、



 エストリーゼは久しぶりに顔を真っ赤に染めた。


 この男の笑顔は驚くほどに美しい。



 いや、それ以上に動揺させられたのは——。



 彼が初めて自分の名前を呼んだことだった。



 高まる鼓動が胸の中心を容赦なく締め付けてくる。



 と。



 瘴気を切り裂くように金の針が飛んだ。


 当然、狙われたのはアポロンだ。



 しかし彼は、今回は避けることなく金の針を全て指間に捕えていた。



「危ないね。今、私が手傷を負えば、コットスが嘆き悲しむというのに」



 投げつけられた針をその手にまとめると、彼はサラリと不満を口にながらアフロディーテに手渡した。



「お兄様、腕をお上げになりましたね。ですが、エストリーゼにこれ以上の色仕掛けは赦しませんわよ。さっさと銀の扉にお入りくださいませ!」



 恨めしい視線を投げながら、アフロディーテはアポロンを銀の扉へと追いやった。


 そんな二人を笑いながら、エストリーゼは中央にそびえる金の扉に手をかざし、左右の美男美女に笑顔を向ける。



「アポロン、アフロディーテ。どうかわたしに力を貸してください。そして、二人とも必ず無事に戻ってきて」



 二人が扉に入るのを見届けると、エストリーゼは頭上に揺れる深海の底を見上げた。



 ――アテナ、どうか私たちを見守っていて。



 表面に触れると、軋んだ音を立てて金の扉はゆっくりと開きだした。


 何百年、いや何千年の時を刻んだ闇が足元を這い出ていく。



 言いしれぬ恐怖が足元をふらつかせる。


 が、エストリーゼは瞬時にぐっと体勢を立て直す。



 そして――大きく一歩を踏み出した。


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