第83話 谷での再会

 強い痛みを覚悟して、エストリーゼはぐっと両目を閉じた。



 その時。



 新たな断末魔の叫びが、頭上に広がる深海の水を揺らした。


 エストリーゼの双眸そうぼうは驚きに見開き、巨大な一つ目を凝視する。



 前方の敵には数多あまたの金の針が突き刺さり。


 後方の敵には金の矢がその瞳孔を突き刺していた。



「エスティ! エスティ――!」



 大切な友人の声が上空から降ってくる。


 振り仰いだエストリーゼもその名を呼んだ。



「グラウ! グラウ!」



 渓谷を飛んでくる小さな鳥を、エストリーゼはその胸へと受け止める。



「ごめん。ごめんよ、エスティ。家族を殺されてどんなに辛かっただろう。独りぼっちでその身にアテナの力を継承して、どんなに心細い思いをしたんだろう。ごめんよ、ボクは本当に謝ってばっかりだ」


「もう寂しい思いなど、このわたくしがさせませんわ。エストリーゼのためでしたらわたくし、文字通り地の果てまでも馳せ参じますことよ」



 幼さを少し残した鈴のような声にエストリーゼは顔をあげた。


 そして、あまりの驚愕に口をあんぐりと開いてしまう。



「どうしたの、その髪! あんなに綺麗な金髪だったのに……」



 アフロディーテは、妖精の顔に花のような笑みを浮かべた。



「神々でさえも嫌って近づかないタルタロスへ赴くんですもの、目立つ姿は場違いですわ。それにわたくし、エストリーゼとお揃いにしてみたかったのですわ。流石に瞳の色までは変えられませんでしたけど……」



 アフロディーテはふわりと黒髪を払って笑う。


 彼女の出現は、エストリーゼに「彼」の存在を思い出させていた。



 ゆらりと気怠く近づいてくるその男は、艶やかな黒髪で黒いトーガに身を包んでいる。


 その姿はエストリーゼの既知するものではない。



 けれど眩いばかりに輝く黄金の瞳を持つ者は。


 ただ一人しか自分は知らない。



 エストリーゼは立ち上がると、無言のまま翠緑の剣を拾った。


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