第82話 たった一人の戦い
身体の自由を奪われてしまったエストリーゼは瞬間的に思考を巡らせた。
幸運なことに、剣を持つ腕は自由だ。
ならば――。
エストリーゼはそのままの体制で、力一杯剣を突き刺した。
キュクロプスの左胸へと。
まるで背中に剣の先がぬけ出るほど深々と。
耳を覆いたくなるほどの咆哮が谷底を這っていく。
しかしエストリーゼは解放されず、状況は変わらなかった。
いや、それどころか怒った巨人が腕に力を込めたため、少女の身体は悲鳴をあげるほどに締め上げられた。
急所が違う。
ギリギリと締め上げられる力に
この怪物とは以前にも相対している。
確か、あのときアポロンは――。
口の中に鉄の味が広がった。
骨や内臓が悲鳴をあげている。
エストリーゼは力を振り絞り巨人の胸に刺した剣を引き抜くと、そのまま渾身の力を込めて投げ放った。
その目へ刺され――。
空を揺らす断末魔の叫び。
同時に、ドサリとエストリーゼの身体は地面へ叩きつけられた。
のろのろと上半身を起こすと、口の端から滴る血を無造作に手の甲で拭う。
急所を突かれたキュクロプスは、以前と同様に輪郭を失うように消えていった。
残った翠緑の剣だけがカランと音を立てて地面へと落ちる。
深い安堵の吐息をつき立ち上がろうとしたエストリーゼは、そのままピタリと固まったように動きを止めた。
額に浮かんだ汗が、顔の輪郭をなぞるように伝っていく。
目前の壁に新たに現れた、大きな目玉。
エストリーゼの姿を見つけると、浮き上がるようにしてその全貌を現す。
後ろの壁からも同じ気配を感じたエストリーゼの全身は硬直していた。
剣も離れた場所に落ちたまま手元にはない。
身体の損傷もまだ治りきってはいない。
前後から伸びてくる腕の気配を感じつつも動けない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます