第36話 神の毒

 ゼウスはこう問うていた。



 神膜が綻んでいる今。


 次の戦争をすれば必ず人間の次元が巻き込まれるだろう。



 遥か昔、神膜によって次元が隔たれる以前のように。


 人の世界は災禍によって蹂躙される。



 それを、未だ人間であるエストリーゼは赦せないだろう。



 そうであるならば。


 次の戦争が起こる前に、神膜を修復し同期シンクロした次元を再び分かつか。



 もしくは、クロノスを殺してこのティターン戦争ティターノマキアを終結させよと。



 ――神膜を修復する?


 ――クロノスを倒す?



 知らずエストリーゼの額には汗が浮かんでいた。


 その言葉が脳の中心を激しく突き刺す。



(これは……)



 問いではない。


 神の毒だ。



 ゼウスは一見して選択肢を与えるように言い伝えた。


 けれど、人間ごときに選り抜ける種の言霊ではない。



「わたしは――」



 いったい何を口走ろうとしているのか。


 自分自身でももはや分からない。



 このままでは、呑まれてしまう……。


 心にはないはずのその言葉を口に出してしまう。



 ――御心のままに。



 服従の声を。



 全能神の威厳に呪縛されながらも。


 エストリーゼの心は必死に抗っていた。



 ギシリと砕けそうなほど歯を食いしばる。


 彼が容赦なく放ち続ける光彩メランムに、己の意思を手放してしまわないように。



 けれど、それももう限界だった。


 体と精神が無理やり引き剥がされるような、嫌な乖離感はくりかんが意識を薄めていく――。



 その時。



 震える彼女の腕を、誰かがそっと抑えた。


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