第八章 叶わぬ願い

第44話 タルタロスの丘

 有無を言わせぬアポロンの離脱に驚いたけれど。


 今のエストリーゼはそれどころではなかった。



「どうしよう、グラウ……すごく嫌な感じがするの。なんだろう、寒気が止まらない――」


「待って、エスティ。――何かが



 エストリーゼの言葉を遮ったグラウコーピスの声は低く鋭く。


 その丸い瞳は一点を見つめていた。



 緊張するふくろうからだは、何かに恐れおののくよう小刻みに震えている。



 二人の耳に犬の、いや狼のような遠吠えが聞こえてきた。


 地上からではなく、どこか彼方の地から溢れ出るような暗くくぐもった声音。


 腹の底から嘲笑うかのような不快さを伴っている。



 まだエストリーゼとグラウコーピスのいる高度からは海が見えていた。


 夜の暗い海面は濃い闇を湛えている。



 ゆらゆらと揺らめく闇は、まるでエストリーゼを手招きしているかのようだ。


 例えようもない危機感に襲われ、二人は沈黙を深めた。



 自分が呼吸をしているのかも分からない。


 息苦しさに身悶えてしまいそうになる。



 その時。



 前方の海が大きく揺れた。


 上空の闇が渦巻き、竜巻の如く海面に突き刺さる。



 オオォォオオオオオォォォン――。



 狼の遠吠えが一際大きくなり、闇に寄り添うように長く引いていく。



 やがて――。



 海が割れた。



 竜巻によって海水が巻き上げられ、まるでその部分だけが切り取られたかのように海底が姿を現す。


 次の瞬間には、大地が激しく揺れ。



 割れた海の底から、唐突に何かが隆起する。


 轟音を響かせながら、竜巻内に巨大な塊が迫り上がってくる。



 海は荒れに荒れ、その衝撃は津波となって大陸へと伝染していく。


 暫くして隆起が止まり轟音が収まると――。



 闇色の竜巻は散るように消滅し、隠されていた姿を現世うつつよに晒していった。


 黒く不吉な影を落とす、禍々しい丘。



「タ、タルタロスの丘だ! 神膜しんまくが! 同調シンクロが進んでるんだ!」


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