第六章 威厳溢れる超越者

第34話 全能神ゼウス

 胸を打つ――強烈な衝撃波。


 その男神は、威厳溢れる超越者であった。



 彼の身体は、眩惑と畏怖とがひとつに融合した光源を放つ。


 それは――選ばれし神のみが携える畏光、聖なる光彩メランム



 エストリーゼはゼウスに会った瞬間。


 絶大なる権力者の存在をその身に感じた。



 理屈なしの圧倒的な存在感。


 神々をも統べる力の前には、逃げることも隠れることをも赦されない。



 すべからく、生けるものは彼にひざまずくべしと言わしめる。


 今初めてエストリーゼは「全能神」という存在の本当の意味を知った。



 彼が「死ね」と言ったなら、一瞬で自分は死を選ぶだろう。


 彼が「殺せ」と促すならば、迷うことなく誰をも殺すだろう。



 波打つ畏敬の念に襲われて。


 エストリーゼは全身を震わせていた。



 隣席に座った、神の面々の中でも飛び抜けて美しい男は、その黄金に輝く瞳に意味深な笑いを浮かべている。


 正面に座った愛と美の女神は、心配そうな視線をアテナ継承者へと注いでいる。



 反対隣に座る逞しい体躯の赤毛の男は、驚きの目を投げかけている。


 先日アポロンに迫られていた少女がアテナ継承者だったことに、軍神アレスは何らかの衝撃を受けているようだった。



 長いテーブルには純白のクロスが掛けられ、ゼウスをはじめとするオリュンポス十二神が席に着いていた。


 アテナ継承者であるエストリーゼがその場に現れると、誰もが好奇心の目を注いだ。



 しかし、すぐにそれは見下す視線へと変わっていった。


 華やかな自分たちとは異なる黒目黒髪の容姿を、彼らは快く思わなかったようだ。



 さらにアテナというオリュンポス神族にとって、絶大な地位をもつ勝利の女神を継承した者が人間であったこと。


 その事実が、差別を決定づけたようだった。



(わたしは……)



 自分が悪いわけではない。


 しかし彼らの多大な期待を裏切ってしまったような嫌な罪悪感を感じずにはいられなかった。



 かくいうエストリーゼ自身も、神である彼らの美しい容姿に対する劣等感にはじまり、今では自分は彼らにとって「見せ物」であり、「珍しい玩具」であることをひしひしと感じるに至っていた。



 けれど――。



 それとて些細な鬱積うっせきとしか思えない。



 ゼウスとの対面における衝撃は、そんなものとは比較にならない程凄まじかったのだ。



 その偉大なるゼウスは、集った顔を見回すと、太く重量感のある声をあげた。



「百一回目にして初の敗戦と、我が愛しの娘、に!」



 乾杯!



 と皆杯をあげる。



(敗戦に乾杯?)



 密かに疑問を抱きつつも。


 これ以上目立ってしまわないように。



 エストリーゼはとにかく必死で周りに倣った。


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