第101話 迷いを捨てて

「出てきてください、クロノス。わたしはもう誰も斬りたくないのです」



 いらえとして響いたのは、小さく乾いた笑声。


 が、その声には少しの威厳も感じられなかった。



 どこか疲れたような寂れた笑い。



「本物のアテナならば、その程度の戦士などに遅れを取らんぞ。わしを討ちたくばつまらぬ人間の感情など捨てることだ」



 襲いかかって来た戦士の剣を翠緑の剣が捕らえる。


 ギリギリと力で押してくる剣を、エストリーゼは渾身の力で跳ね返した。


 反動で大きく身体が後退する。



 強い。



 ここに至るまで斬り捨ててきた魔物とも、以前テテュスの元で倒した戦士たちとも格段に違う。


 彼らの剣を受けても、女神である不死の身体は回復するだろう。



 けれど、そんなことで時間を稼いでも意味はない。


 捨てるべきは、その迷いだ。



 さらに攻撃を繰り返してくる戦士を、エストリーゼは苦渋のおもてで斬り倒した。


 固い鎧を突き刺すと、細腕が僅かに痺れる。



 ひとりが倒れると、それを皮切りに全ての戦士が一気に襲ってくる。


 戦士の間を縫うように走り抜け、鎧の合わせ目を狙って翠緑の剣を突き立てる。



 振り下ろした剣を、返す剣で地面からそのまま斬り上げる。



 トーガが邪魔だ。



 エストリーゼは己が纏う赤い衣装の裾を持つと、膝あたりから下を素早く切り落とした。


 振り下ろされる攻撃を身体を捻って避けると、その反動で首の境目へ的確に剣を刺す。



 突き出される槍を上体を下げてかわし、その喉元を一気に薙ぐ。


 全ての戦士を倒した時には、エストリーゼは片膝をつき肩で息をしていた。



 戦の女神といえども、持久できる体力には限界があるのだろう。



 だが残すは、クロノスただひとり。



 呼吸を整えると、エストリーゼはすっと立ち上がり黄金の結界へ腕を掲げた。



 破れろ!



 強い念波を送ると、クロノスの結界は小刻みに震え出す。


 さらに強く思念を込めると、パキパキと奇妙な音を立て。



 黄金の結界は小爆発を起こすように吹き飛んでしまった。


 黄砂のように舞い散る結界の残骸に紛れ。



 嗄れた声が漂った。


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