第二十章 殺戮者

第104話 エストリーゼの危機

 タルタロスの丘は未だ炎に包まれていた。


 遠くの海で多くの船がわだかまっているのが見える。



 人間の戦艦だ。


 無謀にも、炎を上げる呪われた島へ近づこうとしているのだろうか。



 神膜しんまくほころびが進んでいるのだ。


 同調シンクロした世界の変化に、多くの人が気づきはじめている。



 宙を飛びながら下を見ると、アレスの軍が勝利に腕を掲げているのが分かった。


 その合間に、三体の巨大な異形の姿を認めた。



 エストリーゼのために力を尽くしてくれた、ヘカトンケイル三兄弟。


 彼らは、今後どういった処遇を受けることになるのだろうか。



 エストリーゼのその心を読んだのか、横に並ぶゼウスが声をかけた。



「全ての神々はおまえの力を認めざるを得んだろう。百手巨人たちを味方につけるとは大した手腕だ。奴らへの褒賞も考えねばなるまい。そうだ――おまえは先に神殿へ戻れ。どれ、わしはアレスに彼らを連れて帰るよう命を下してくるとしよう」



 そう言い残すと。


 ゼウスはくるりと背を向け、アレスの軍隊が残るタルタロスの丘へと戻って行く。



 しかし上機嫌な彼の言葉は、エストリーゼに説明のつかない不安感を与えていた。



 白々しい――。



 何の根拠もなく湧き出る感情。



 だがそれは、気のせいでもなんでもない確かな怒り。


 決裂の予兆。



 ――これは。



 突如としてエストリーゼを襲ったのは、絶対的な既視感だった。


 背後から感じる殺気に、自分のものではない過去の記憶が盛んに注意を喚起してくる。



 けれどもう間に合わない。


 振り向いた瞬間に、心臓を一突きにされる。



 額に浮かぶ汗は蒸気に変わりそうなほど熱を帯び、瞬きを忘れた双眼は激昂を映すかのように血走る。


 脳髄が焼けただれそうで、すでに焦点すら怪しくなっていた。



 どうにも抗えない運命の歯車に全ての感覚が絡め取られていく。



(ダメだ)



 ――わたしはこのまま殺される。


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