第124話 おお、運命の女神よ

 メッシーナ劇場に沸き上がる拍手の波。


 それは、まさしく歓喜の怒濤どとう



 聴衆はその男の登場に、割れんばかりの拍手を送った。


 スラリとした長身に漆黒の燕尾服を纏い、長い足の歩幅を利かせ颯爽と進み出る。



 指揮台へ上がると、見事な白銀髪を指で払い、黄金の双眸を煌めかせた。


 そして彼はその端正な顔に至高の笑顔を浮かべ。



 これ以上ないほどの美しい立ち居振る舞いで客席へ向けて腰を折った。


 より一層、拍手の波は大きくなる。



 演奏はまだ始まってもいないというのに席を立ち上がる者までおり、まるで演奏終了後の「ブラーヴォ」とでも言わんばかりだ。



(――まったく、本当に派手なんだから)



 彼女が心中でついた悪態を知ってか知らずか。


 彼は出演者の方へくるりと向きを変え、エストリーゼに向かって片眼を閉じた。



 掲げられた指揮棒タクトに、一瞬で出演者全員の意識が一つに固まる。



 いつかのように――。



 そして、やがて指揮棒タクトが振り下ろされた。


 低く重々しく。



 大太鼓バスドラムの音が開演の幕を上げた。




 *****



  おお、運命の女神よ!


  おまえは月の如く満欠を移ろい


  その姿を変えていく


  呪わしきこの世の生


  確かなものは何もなく、運命に弄ばれ


  全ては氷のように無に帰する


  恐ろしく空虚な運命よ


  おまえはぐるぐる回る糸車


  おまえの救済はまやかしで


  常に空しく崩れ去る


  我らはこの地で憂悶しながら


  いつも何かに脅えている


  しからば今


  この時を逃すことなく


  胸の高鳴りに触れてみよ


  そして


  共にこの運命を嘆こうではないか!



 了

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