第87話 流れはじめた刻《とき》

 アフロディーテはその端麗な眉宇びうしかめる。



「まさか、ずっと……?」


「そうだよ。あいつはずっとボクたちを騙していたんだ。放蕩を装って王権争いなんかに興味はないって振りをして、だからアテナは――」



 グラウコーピスは声を詰まらせた。



 そんなふくろうの姿をちらりと横目で盗み見て、アフロディーテはいぶかった。


 が、そのまま会話を進める。



「アテナお姉様はご存じだったのでしょうね。すべて承知の上で、お兄様の放蕩ぶりを看過かんかなさってたんですわ」



 アフロディーテの脳裏にアテナの姿が蘇る。



「優しくて賢くて、勇敢なお方でしたもの。――わたくしは本当にお姉様を敬愛しておりました。それでも、お姉様が人間を継承者に選んだと知ったときは、正直失望しましたわ。でも、今はその意味が少しだけ分かる気がします。あのお姉様でさえもお兄様を動かすことはできませんでした。それにヘカトンケイルを味方にするなどという方法を、モグラのオバさんから聞き出すことだって。けれど、エストリーゼは違うんですわ」



 彼女は誰も成し得なかったことを次々とやってのけた。


 プロメテウスが犯した罪の真意を解き、全ての根源とされる混沌カオスの共鳴を得ることに成功した。



 そして、ガイアにクロノス討伐への道を開かせた。




 さらに今。




 目の前で、誰も手なずけるなど叶うはずもないアポロンという聖獣さえをも。


 まるで愛馬のように従えている。



 例えアポロンに非があったとしても奇跡としか言い表せない。


 エストリーゼの女神継承によって、これまで停滞していたときは、ここへきて一気に流れ始めたのだ。



 そして自分も、その歯車として自ら進んで動こうとしている。



「グラウコーピス、わたくしは負けません。ヘカトンケイル攻略に成功し、必ずやエストリーゼの力になってみせましょう。お兄様などがこれ以上彼女に触れるなど、このわたくしが赦しませんわ」



 端正な手を握りしめると、アフロディーテはエストリーゼを抱くアポロンをキッと睨みつけた。



「ありがとう、愛と美の女神アフロディーテ」



 グラウコーピスは小さく苦笑を漏らした。


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