第7話 砕かれた希望

 アポロンは金弓を己の手から消し去ると、肩を竦め両手を開いた。


 グラウコーピスの言葉に、渋々彼女を助けたといった態度を見せている。



 そんな美男に臆することなく、ふくろうのグラウコーピスは声をあげた。



「アポロン、おまえ、まさか……彼女の願いを叶えてやらないつもりなのか!?」


「ふん、私にそんな義理はないよ」



「だけど、アテナは彼女に約束したぞ!」


「そんなもの、アテナが勝手にした約束だ。どうして私が叶える必要がある?」


「それは……」



 言葉を詰まらせるグラウコーピス。



「残念だよ、グラウコーピス。私は君のことを買いかぶっていたようだ」



 小さな鳥を嘲笑うかのように。


 アポロンは片眉を上げてさらに口を開く。



「悲しいかな。その明晰な頭脳で神々の信頼を集めてきた賢者グラウコーピスも、人間などと共に過ごすうちにどうやら耄碌もうろくしてしまったようだ。今の状況を、君の方こそ理解しているのかい?」


「……」



 何も言い返さないグラウコーピスと、優位に立つアポロン。


 彼らの会話にエストリーゼは焦った。



 そして気づかぬうちに、思いあまって噛みつくように彼の腕を掴んでいた。



「お願い、時間がないの!」



 今、この瞬間だって。


 ドリピス村は呪われたまま。



 いつ家族が、いや故郷自体が、魔物の脅威と不治の病に沈んでしまうかもしれないのだ。


 けれど、エストリーゼの必死の形相にも、彼の視線は冷たいままで。



 己の腕を無造作に掴む少女に辟易の視線を向け、アポロンは虫けらを扱うように大きく腕を払った。


 反動で不様に倒れてしまったエストリーゼは、自分の行動が彼の繊細な神経を逆なでしてしまったことを知った。



 それを決定づけるように。


 少女の身に容赦ない言葉が叩き落とされる。



「無礼極まりない人間だ。アテナとの約束をいいことに、この太陽神を動かせるとでも思ったのか。残念ながら、今この瞬間にその願いは断たれたようだ」



 そう憎悪の漲る微笑を浮かべ、アポロンは黄金の瞳孔を光らせた。


 鋭い眼光はエストリーゼの双眸を貫き、全ての動きを止める。



 途端、脳の中心が焼かれるような感覚が少女を襲う。



「あああああっ!」



 割れんばかりの痛みにうめき声をあげ頭を抱えて蹲る。


 視界の端で揺れる黄金の瞳に翻弄され。



 そして、彼女の意識を殺すように奪っていった。




 奈落の底に落ちていく。


 そんな恐怖を伴って――。


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