第二章 新米冒険者、シテマス

卒業生勧誘、シテマス

 《八つの道が交わる街》を意味するヤゴの街は街の中心の広場から八本の街道が伸びていることに由来する。

 

 帝国は東地方の発展の為、この地を直轄地とし、北、東、南へと街道を延ばし、より勢力を拡大させた。

 

 この政策は功を奏し、ヤゴの街は名こそ街だが都を凌駕するほどの規模で発展し、今なお成長していると言っても過言ではなかった。


 近隣の土地は肥えており、大抵の農作物は自給できるが、特に林檎は赤、黄、青と様々な品種が栽培されており、一大名産品となっていた。


 中でも高級な甘みを持つ白林檎は、貴族や富裕層のデザートとして食卓に並ばない日はないと言われ、食べるのには適さない黒リンゴは、皮ごとつぶして発酵させ、長年寝かせるとコクと旨味が増す黒リンゴ酒として、彼らの舌と喉を日々うならせていた。 


 ヤゴの街の中央の広場には噴水があり、近隣の蒼き月の教団の神殿によって清められた水が絶え間なく湧き出しており、街の住民はもとより、通りすがりの行商人や旅の者でも自由に使うことができた。

 

 卒業式が終わると、生徒達は寮へ荷物を取りに行き、入学時に預けていたお金や荷物を事務所の窓口から受け取ると、脇目もふらず一目散にヤゴの街の広場へと走っていく。

 

 ヤゴの街の広場は、すでに冒険者の卵を勧誘する旅団の冒険者であふれかえっていた。

 

 住人が噴水の水を使う為、噴水周りで屋台や勧誘するのは禁止されているが、それ以外の場所では足の踏み場もないほどの机や看板が建ち並び、様々な種族、職業そして年齢の熟練冒険者達が、自分たちの旅団への勧誘の為、必死に大声を張り上げている。


「す、すっげぇ~~~! ヤゴのいち以上だ!」


 アデルは思わず大声を張り上げるが、あっという間に周りの喧噪がその声を打ち消した。

 毎月八日に行われるヤゴの市には、街中の商店のみならず、各地から行商人たちが集まり、ヤゴの街の広場に多数の屋台や出店が並び多くの人出で賑わうが、今、アデルの目の前にある光景はそれすら凌駕するほどだった。


『うちの旅団に入団すると、冒険時にはこのポーションが無料でもらえま~す』

『うちの旅団に入団すれば、レベルが上がると先輩冒険者の高級装備を無料でプレゼントするぞ! 例えばレベル二になればこの剣だぁ!』


 こういった勧誘の喧噪の中では、旅団が違えど過去に一緒にパーティーを組んだ冒険者同士が旧交を温めていた。


「《やっとかめ》!」

「おお! やっとかめ! 何だ生きていたか! 《星の丘の遺跡》以来だな」

 

 ――やっとかめとは『やっとか、(ようやく)めぐりあった』を縮めた『久しぶり』を意味する冒険者用語である――。

 

 学園の卒業式の日は、勧誘の為ヤゴの街のみならず、他の都や街に所属する旅団の冒険者が数多く集う場でもあり、その話の内容は装備や手柄自慢から、行きつけの店の看板娘や歓楽街の情報、そして誰それがくっついた、分かれた等の色恋沙汰。


 そして、志半ばでの引退、喪の報せも少なからず存在した。


「そこの卒業生さんよ~うちのステーキはどうでい?」

 

 声をかけられたアデルが振り向くと《滝の山脈亭》の看板をつけた屋台の親父が、アデルに向かって串に刺したステーキを突き出していた。


 「卒業生さんに特別サービス! 今なら卒業生さんお一人一本限り、この滝の山脈亭特製の《八平ステーキ》がたったの一ダガネ!」


 ――ダガネとはアイシール地方で主に流通している貨幣の単位である。

 ベテラン冒険者になれば扱うダガネも桁が違う為、高価な《ダガネ金貨》に両替したり、《娑婆しゃば袋》と呼ばれる荷物を小さくしたり、重さを軽減する魔法のリュックやズタ袋、巾着袋を携帯し、それらを財布代わりにしていた――。 


「い、いち……ダガネ!」

「おうよ! おめぇさん学園ではろくな飯喰わせてくれなかったのだろう? どうだいこのたっぷりの肉汁と脂!」

 

 アデルが履く冒険者用の革靴の底ほどの大きさのステーキは、汗のように肉汁と脂を鉄板の上に滴らせていた。

 

 鉄板から漂う肉の旨味の香りは、一年間の”肉欲”を禁じられたアデルにとって、財布のひもをたやすく緩める魔法に等しかった。

 そして有無を言わさず一ダガネ銀貨を取り出すと、屋台の親父に手渡した。


「まずは腹ごしらえと……いっただっきま~!」

 アデルは大口を開け、すぐさまステーキにかぶりついた。


「いい喰いっぷりだね! 滝の山脈亭では、もっとでかくて、もっと旨いステーキがあるぞ! 冒険で稼いだ暁には是非うちのステーキを食べていってくんな!」

「ごちそうさま~!」

 オヤジが言い終わらないうちに食べ終えたアデルは串を返した。


「滝の山脈亭だよ! どうかご贔屓に!」

 背中越しにオヤジの声を聞きながらその場を離れると、


「あれ~? オヤジさん、今年もやってるのぉ」

「なぁ”今年”は”何の”肉だよぉ?」

と、卒業生を勧誘している冒険者達がオヤジに話しかける。


「あぁ? なにって……肉は肉じゃねぇか」

「いや、だからなんのぉ~?」

 からかいがてらしつこく話を続ける冒険者に対し、


「うるっせ~な~! てめぇらもステーキにしちまうぞ!」

 両手で肉切り包丁を掲げたオヤジをみて、冒険者達は這々ほうほうていで逃げ出した。


「ええっ! うえぇ~……」

 それを背中で聞いたアデルはお腹をさすりながら舌を出すが、とりあえず空腹を満たすと、広場のあちこちに移動し各旅団の団長が叫ぶ勧誘の演説を順に聴いていた。


『攻撃は力! 防御は力! そして団結はあらゆるものに勝る力なり! たくましき若人達よ! その肉体で満足していないか? 我が《灰色熊はいいろぐまの団》では君たちにさらなる肉体と力を与えることを確約しよう!』


 三十前後の灰色の髪の大男が広場中に咆吼を響かせていた。

 団長のハイイログマの容姿は、まさに大熊が鎧を着ていると形容するしかなかった。

 背中にはオーガを軽く一刀両断できる両手剣と諸刃の斧を背負っており、咆吼を轟かせる度に、足下の鋼鉄の箱はミシミシと悲鳴をあげていた。

 

 しかしその傍らには十代と言ってもおかしくない、皮鎧に鉄の胸当てを着て、地につくほどの長い灰色の髪を、うなじと髪の先あたりで無造作に束ねた少女が立っていたが、その眼光の鋭さは壇上の大男に勝るとも劣らない輝きだった。

 

 卒業生の中でも体力や肉体に自信のある者達が、己の鼻と耳と体中の毛穴から湯気を発しながら、ハイイログマの咆吼をその肉体全てで受け止めていた。


 だがその横では別の旅団の団員達が……、


「なんで灰色熊の隣なんだよ!」

「知るか! 旅団会議で団長が寝坊したからここしか空いてなかったんだよ!」

「これじゃ俺たちの声が聞こえねぇじゃねえか!」


 彼らは両耳をふさぎ怒鳴りあった後、負けじと大声を張り上げるが、ハイイログマの咆吼は彼らの声を無慈悲に打ち消していた。


『可憐に舞い優雅に敵を打ち倒す! 私たち、白百合しらゆりの団は女性のみで構成された旅団です。飢えた野獣の魔窟と化した旅団に入りたくない無垢な乙女達よ! 私たち経験豊富な淑女たちが、貴女を魅惑の世界へといざなって差し上げましょう!』

 

 二十代半ばに見える、その名のとおり白百合を逆さまにしたようなドレスをまとい、台の上では長い白髪の髪の団長、《オトメ》が歌姫のように立ち、そのつぼみのような口から勧誘という名の音色を奏でていた。

 

 その音色を聞いた女子卒業生たちは、百合の蜜に惹かれる蝶のように、文字通り舞い上がりながら団の受付へと向かっていった。

 

 そんな白百合の団と相対するような場所で、オトメと同じく二十代半ばに見える女性、《黒薔薇くろばらの団》の団長、《イザヨイ》がこぶしを振り上げ、まるで台座を舞台に見立てて歌劇を演じるかのごとく、高らかに声を上げていた。

 

 その姿は整髪料で固められた黒髪、左目に黒の眼帯、体には漆黒のスーツを身につけ、男装の麗人ともいえた。


『戦場では男も女もない! あるのは勝者としかばねだけだ! 者どもよ! 我が黒薔薇の団に入りたくば女を捨てよ! 愚劣な男どもの心臓をその剣で貫け! 下衆な体を八つ裂きにしてオーガの餌にしてしまえ!』


「なんならよ~俺様ご自慢のこの《槍》で貫いてやろぅ……」

 

 男性冒険者が股間を突き出し、下品なヤジを浴びせようとしたが、言い終わらないうちにイザヨイの袖から隠しナイフが瞬時に飛び出し、ヤジ主の足下へ突き刺さった。

 

”あわわ”と男が腰を抜かすと同時に、”きゃ~~!”と、取り囲んだ女子卒業生たちから歓喜の声援が発せられた。

 

 しかし、全ての旅団に卒業生が群がるわけではなかった。弱小、無名と呼ばれる旅団の勧誘場所では、このような会話が交わされるのが常だった。


「おたくら、今年はどうよ?」

「とりあえず一人、だけど団員の知り合い、正直使えるかどうか……」

「コネでもいいじゃん! うちはまだゼロだぜ。まぁ毎度のことだけどよ……」

「やっぱ《犬鷲いぬわし》のおこぼれをもらうしかないか……」

「そういうおまえだって元は犬鷲のおこぼれじゃねえか!」

「てめぇこそ!」

 

 隣同士になった弱小旅団の団員があわや一触即発になろうとした瞬間、その《金色こんじき犬鷲いぬわしの団》の団長、《イヌワシ》の演説が始まった。


 ――金色犬鷲の団とは遊撃部隊、《はやぶさの団》、夜戦部隊、《ふくろうの団》を傘下に持つヤゴの街の中で最大、帝国の中でも十指に数えられる規模を持った旅団である。

 

 略して犬鷲の団と呼ばれ、ヤゴ冒険者学園の生徒が、まず最初にあこがれる旅団と言ってもよく、アデルもまたその一人だった。

 

 なお絶対ではないが、旅団の名前の先頭には色をつけるのが慣例となっているが、隼と梟の団は犬鷲の傘下の為、それぞれの団長はあえて色の名をつけなかった――。


『猛禽が群れではなく単独で狩りをするように、我が金色犬鷲の団がまず求めうる者は一人で狩りを行い、一人で生き残るすべを持つ者である!』


『入団希望者はまずこの箱の中にあるクエストを受け取った後、是非己の力のみで達成をして欲しい!』 


『制限時間は明日より三日間。むろん今から受け取り次第遂行してかまわない』


『クエストには得手不得手がある為、もし失敗したり自分に合わなければ期間内なら何度でも引き直してもよい』


『なおそれぞれの狩場かりばでは団員が目を光らせている。己の良心に逆らい”群れる”のもいいが、確実に後の君たちの冒険者人生を縮めることとなろう!』


 今にも剣を抜こうとしていた”元犬鷲のおこぼれ”たちの耳にその言葉が突き刺さった。

「ま、まぁ犬鷲の団長様がおっしゃるとおり、人には得手不得手があってだな……」

「気が合うな兄弟! 仲直りのしるしに今夜一杯やるか!」 


 演説も終わりに近づくと、イヌワシから卒業生達に、最後の一言が付け加えられる。

『なおこのクエストによって生じる怪我や死は、我が団は一切関知しない! では諸君、健闘を祈る!』


 そんなイヌワシの演説が終わった瞬間

「そう言いながらよ~成功しようが失敗しようが監視の団員が治療するんだぜ!」

「しかも死んでも蘇生費用はすべて犬鷲持ち、これじゃ誰も犬鷲の悪口は言えねぇよな」

 

 弱小旅団の団員二人は地面に腰を下ろすと、他の冒険者には絶対聞こえないような小さな声で互いの傷を舐めあっていた。


 演説を聴いていたアデルが思わず声を漏らす。


「あれが金色犬鷲の団の団長、イヌワシさん……すごいや」


 聖騎士団長ヴォルフと同じ三十前後に見えるが、金色に輝く髪、岩石を削り取ったような一片の緩みも隙もない風格と威厳。

 ”気高き貴族”ともいえるヴォルフとは違い、まさに犬鷲のように、絶壁の頂上にたたずむ”孤高の王”の雰囲気を醸し出していた。


 そして首に巻いている冒険者リングの”レベル十二”の数字は他の卒業生達と同様、アデルの目を釘付けにした。


 イヌワシの左右の腰に差された剣は《八翼はちよくの剣》と評され、鋭い眼光を放ちながら二刀を一降りすると、幾重ものかまいたちを発生させた。

 

 その姿は、まるでイヌワシの背中から八つの翼が現れるがのごとく見る者を錯覚させ、感嘆の溜息を漏らさせた。


「きゃ~! ハヤブサ様ぁ~!」

「こっち向いてくださ~い!」

 

各旅団の女性冒険者が勧誘そっちのけで、イヌワシの傍らでたたずむ隼の団の団長、《ハヤブサ》へ黄色い声援を送っていた。


 イヌワシよりも年下に見えるハヤブサは、鎧ではなく白いスーツを身にまとい、男性冒険者一のイケメンにふさわしいたたずまいを女性冒険者に与えていた。


 その実力も名に恥じぬもので、敵の集団の要を見つけるや、疾風さながら一直線に舞い降りるかのごとく攻撃を仕掛ける姿は、旅団内外からイヌワシ以上ともうたわれている。


 アデルは気がつかなかったが勧誘員のみならず広場の冒険者に女性が多いのも、普段滅多に目にすることのないハヤブサを一目見る為だった。


 ひどい所だと旅団に来た依頼を旅団内の男性冒険者に押しつけ、鎧よりも化粧を厚くし、このヤゴの広場に来た女性冒険者の一団もいるほどである。


 そしてイヌワシを挟んで隼の団の反対側には、構成員の数や種族、年齢や性別まで不明の梟の団、団長、《フクロウ》が目元だけ空いた黒装束に身を包み、気配を消して佇んでいた。


 その【枝葉変化えだはへんげ】と呼ばれる気配消しの技は、広場の周辺に生えている木の葉みたいに、視界には入るが中低レベルの冒険者では存在自体全く気にとめない効果があった。


 もし後日、彼らにフクロウのことを聞いても、広場にいたことすら答えることができないだろう……。

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