ただいま、シテマス
糞蛇の体が体内から爆発する。
まるで糞の中にガスが溜まって
一つの爆発で糞蛇の本体の中の数千、数万の魔物の肉と血が空間内にまき散らされる。
”蚊取り線香”
”ネズミ花火”
”渦巻き状の導火線”
これらに例えられるように、燃えて爆発した部分はもはや灰のようにただの屍となり、糞の巨人や飛竜と化すことはなくなった。
『どえりゃどえりゃ! ……どえりゃどえりゃ! ………どえりゃ……どえりゃあぁ!』
瓶を割り、かけらの内側にこびりついた
”バァキィ!”
”ベェキィッ!”
クンダリンの腕や脚も一本、また一本とへし折られ、糞蛇の中に飲み込まれていった。
背中から発射されるトゲも尽き、額から放たれるウッゴちゃんの炎の光線も徐々に弱くなり、もはやナインの尻を焼いた程度の炎しか吐き出さなくなっていた。
”グァキィイッ!”
とうとう、クンダリンの最後の一本の腕が折れる。
同時にその動きも止まってしまった。
もはや、頭と胴体だけになってしまったクンダリン。
ウッゴちゃんの口からも、舌の先程度の種火しか噴き出していなかった。
「ハァハァ……こ、ここ……までかぁ……ハァハァ」
『どうしたのだ! あと少しだぞ!』
糞騎士の声がナインの心の中に響く。
「ハァハァ……見ての通りだ! どうやらこれでおしめぇのようだ」
『なにぃ!』
「クンダリン様とやらの腕も脚もトゲも、ハァハァ……ウッゴ娘の炎もなくなっちまった。……ハァハァ、そんで俺様も……力尽きたわ」
『くっ! あと少し! あと少しで! この世の
「……ん? おい! 糞騎士、今なんて言った!」
『この空間、我らを閉じ込めた水瓶ごと爆発させて、元の世界に戻ろうとしていたのだ……』
「……へっへ! そうだよ! 爆発だよ!」
『ど、どうした?』
「糞騎士! よく聞け! 今からクンダリン様の体を爆発させる!」
『な、なにぃ! 貴公、正気か! 例え爆発出来たとしても、お主もただではすまんぞ!』
「心配すんなって! こいつの爆発にはもう慣れているからよ。残った糞蛇の誘爆と、おめぇの”引っ越し”の爆発を合わせればおつりが来るってもんだ」
『……し、しかし』
「それに、こいつの爆発は胴体だけで頭は無事なんだわ。いざとなったらしがみついたまま、俺だけあとから元の世界に帰るからよ」
『……わかった。もうなにも言わぬ』
「よっしゃ! いくぜ!」
ナインはクンダリンの髪の毛をかき分けると
「あるとしたらこの辺か……よっしゃ! ビンゴ!」
つむじ辺りに渦巻き状の太い導火線を発見した。
そしてクンダリンの髪の毛を何本か抜くとそれを束ね、種火となったウッゴちゃんの口元へ近づけると、めらめらと炎が沸き起こった。
「よし! さぁ、うまいこと火がついてくれよ……」
”バチバチ”と火花が導火線の上を走る。
『糞騎士! いくぞ! 5! 4! 3! 2! 1!……」
”ボンボンボンボンボンボンボンボン!”
糞蛇自体がまさに導火線となり、渦巻き状の炎に包まれる。
そして、その炎はぐるぐる回転しながらラハ村の結界へと向かう。
糞蛇の炎が結界に到達した瞬間!
『
糞騎士の叫びと共に、糞蛇を包み込んだ水瓶のような空間が光に包まれる。
『フラ~ン 待っていろよ~!』
まばゆい光が辺りを満たす。
そして、ウッゴ君の頭にしがみついたナインの絶叫が轟いた。
※
”!”
誰かが自分を呼ぶ声で眼を覚ますフラン。
いつの間にか寝てしまったのか、カウンターから顔を上げる。
顔を拭き、辺りを見渡すが誰もいない。
まるで誰かを捜すように、家の外へ歩む。
歩みはやがて、墓地の入り口から広場、そしてラハ村へ続く東の街道へと続く。
そして今、フランはヤゴの街とエダ村の街道の間にある
(一刻も早く……あやつから……”二つ目の呪文”を……聞きたい!)
(もう……もうたくさんじゃ! 契約した者はみな……次に会う時は……無残な……屍じゃ!)
(例え帰ってきても、”二つ目の呪文”は家族……恋人……友……仲間……そして宿屋や組合の主人へと……)
(誰も……儂には……”唱えて”……くれぬ!)
フランは杖を背中に刺し、ナインが契約した水晶を胸の谷間と両手で握りしめていた。
時折水晶の中で燃えるナインの命の炎が揺れる度に、フランはまるで自分の命を注ぎ込むこむかのように胸と両手で強く抱きしめた。
(あやつだけじゃ……契約しても……屍にならず……儂に……会いに来てくれる)
(ネクロでもなく……屍回収人でもなく……”女”として……)
(結界を破ってまで……ただの女の裸を見に……会いに来てくれる)
ラハ村の方角から朝日が昇り、フランの影は後ろへと長く地面に伸びる。
そして目の前の地平線の彼方から、ふいにフランの影と同じ長い影の、その先端が現れた。
その影はゆっくりと……ゆっくりと……近づいてくる。
両脇にウッゴ君とウッゴちゃんの頭を抱えた男が。
一歩、一歩、わずかに瞳が覗くうつろなまぶたではまだ見えぬ。
でも確実にその先にいるであろう惚れた女に向かって
教えてもらった……”二つ目の呪文”を言う為に、影は近づいてくる。
”!”
フランの足が大きく前に出る。
次の足も、その次も。
中折れ帽子は後ろに落ち、重い杖を放り投げ、邪魔なローブは脱ぎ捨て、もう必要のない水晶玉は、大きく高く掲げられたフランの手から離れ地面にめり込んだ。
ネクロレディーでも魔導師でも、そして屍回収人ですらないただの、
”フラン・シターナ”
という名の女性は、膝が崩れ前のめりに倒れる男の体を、ただの一人の女として受け止める。
ゴーレムの二つの頭が地面に落ち、辺りに転がる。
フランは汗と鼻水と、糞とショ○ベン。男が放つ匂いすべてまとめて二本の細い腕で優しく包み込んだ。
『た・だ・い・ま……フラン』
『お帰りなさい……。ナイン』
”二つ目の呪文”が今、二人によって唱えられた。
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