露出、シテマス

      ※

 ナインのまぶたがゆっくりと開く。

 結界の上に大の字となって寝転ぶ自分の体。

 その眼に写るものは、漆黒の空にまたたく星の輝きであった。


「く、くそ……きし」

「安心しろ。我等は運命とやらに糞をばらまいたぞ! ”引っ越し”も成功だ!」


「へっへ! まぁ……俺様にかかれば……”!”」

 体を起こすナインの眼前、結界の上をゆっくりと歩いてくるモノ。

 その姿は、なんの変哲もないゴブリン。


「糞騎士……どうやらこいつが”親玉”かぁ?」

「油断するな。こやつはいわば七千九百八十三万三千五百八十八匹の中から生き残った、まさに手練れ……ぐあ!」

「糞騎士!」


 超スピードのゴブリンの跳躍、そしてそのスピードを加えた閃光のようなパンチが、糞騎士の腹にめり込んだ。


 すぐさま戦闘本能で肉体を沸騰させるナイン。

 娑婆袋に手を突っ込み、残ったいくつかの武器をつかむと、ゴブリンに向かって一直線に跳ぶ。

 【解呪】された武器を指先から放つ光の糸で絡め取ると、結界上で再び舞う。


「ちきしょう! あたらねぇ! 糞! ちきしょう!」

 最後の一匹となったゴブリン。

 だがその動きは、以前ナインがアデルに向かって言ったレベル四以上どころか、軽くレベル十以上と言えるほどだった。

 

 ゴブリンは超スピードでナインと糞騎士を翻弄ほんろうする。

 まるで無数の”虹”のような残像を結界の周りに発生させながら、ナインや糞騎士の攻撃、魔法をことごとくかわしていった。


「糞! このままじゃ埒があかねぇ。おい! 糞野郎! こっちこいやぁぁ!」

 ナインは武器を捨て、手足を大の字に広げゴブリンを挑発した。

 

 だが所詮ゴブリン、その手に持つ錆びておんぼろの剣がナインの首に触れるやいなや、


「くらえやぁ! ”クンダリン殺し!”」


 ナインは体を一回転させると、ゴブリンの視界の外から右フックを飛ばす。

 ナインの拳はきれいにゴブリンのこめかみにめり込み、花火のように頭蓋骨が粉砕された。

 

 頭のないゴブリンの体が血を滴らせながら結界上を滑り落ちてゆく。

 最後の”糞”が倒されたと同時に、東の空が徐々に赤く染まり始めた。


 ラハ村を包み込む結界の外は魔物の肉片と骨と血の池、そしてかつては武器やゴーレムであった鉄くずが、散乱を通り越して厚い層となって積み上がっていた。

 残骸の隙間からは、ナインが天空から放った大根が、丸々と見事なまでに肥えていた。


 右フックで最後の力を使い果たしたナインは、再び結界の上で干し肉状態になって仰向けに倒れ込み、息も絶え絶えながら、今更のように糞騎士に尋ねた。


「ハァ……ハァ……そういえば……これだけ騒ぎを起こしたんだ……隣のエダ村……針の砦……無事じゃ……すまないぜ」


「安心して、そちらの方の結界はあたしがやっておいてあげたから!」


大の字になったナインの目に映ったのは、スケスケのローブと同じくスケスケの中折れ帽子、そして、


壱超裸いっちょうら! 

    底辺生活ていへんせいかつ!』


と書かれたマントを羽織った、逆さ傘の塔の主。


 そして、この世界で唯一”エルフ”と呼ばれる女性。


《露出狂エルフ》だった。


(エルフの”あそこ”はこうなっているのか……?)

 心の中で呟きながら、無駄な肉が一切ない、それでいて性別を感じさせる露出狂の股間を見上げるナイン。


 ナインの視線を感じた、火、土、水、風の四つの杖を周りに浮かべている、《精霊界の貴婦人》があわてて前を塞ぎ、逆さ傘の主に向かって怒鳴り散らしていた

が、当の本人は、


「別にいいじゃないの~。見られたところで減るモノじゃないし~」

と全く気にも留めていなかった。 


(いやそれ、言葉としてはあっているけど……むしろ俺が言う台詞だろ)

 突っ込む気力もないナインは、


「おめぇら……”不感症”じゃなかったのか?」

と二人に向かって尋ねると、露出狂はにこやかな笑顔をナインに向けた。


「ああ、あくまで本部がそう決めただけ。それに例え本部や帝国といっても、あたしが夜に出歩くことにまで口出しする権利どころか、止める力すらないわよ。例え琥珀の騎士、そして逆さ傘にいる魔導師全員が立ちふさがってもね」


 そして、露出狂はナインに向かって流し目をする。

「あとあたし、結構”感度”いいのよ。なんなら今から試してみる?」

 試したらおそらく魂すら粉砕されると思い、ナインはあえて聞こえないふりをした。


「村や砦はいいとしてもよ……、この惨状はどうするんだ? ……まぁそれをつくった当事者が言うのも何だけどよ」


 その気になれば逆さ傘よりもでかいクレーターを、一瞬で作ることができるエルフに向かって、そして初めて会ったにもかかわらず、ナインはいつもと変わらぬ口調で聞いた。


「何の為にこの私が、わざわざあんた達の為にここに来たと思っているのよ!」

 貴婦人は腰をかがめナインに顔を近づけて怒鳴りつけると、”土の杖”を振りかざしながらナインにはわからない言葉でなにやら唱えた。


 すると地面がもぞもぞとまるで生きているかのように動き始め、そして積み上がった魔物の肉、骨、武器やゴーレムの鉄くず、そしてナインが空から降らした丸々と肥えた大根を、まるで朝食のようにもぐもぐ食べ始め、きれいに片付け始めた。


 食べ終わった地面からは、やがて草が生え田畑は耕され作物は芽を出し、ラハ村一帯の地面は、まるでナインがここへ跳ばされた直後のような、のどかな田園地帯となっていた。


 すべてが終わったと見るや、露出狂はナインに向かって無邪気な笑顔を向けた。

「それじゃあたし達の役目はこれでおしまい! あ、そうそう、《根暗女》のお風呂や寝室を覗くぐらい暇だったらさぁ、あたしの部屋を覗きに来てもいいわよ。もっとも、ひよっこ魔導師を……何人いたっけ? たくさんたくさん突破して、塔の”てっぺん”までたどり着けたらの話だけれどね……」

 言い終わらないうちに、二人はそこにいた痕跡すら残さず消え去った。


 すると、まるでどちらかと顔を合わせたくなかったかのごとく、糞騎士がひょっこりとナインの目の前に現れると、ウッゴ君とウッゴちゃんの頭をナインに差し出した。


 ナインは何とか体を起こしあぐらをかき、それを受け取る。

「そろそろ結界が消える。ここにいたら真っ逆さまだぞ」


「さぁて……お兄さんとお話の続きをしようかぁ……」


 糞騎士の言葉を、まるで聞こえないという目でナインは糞騎士を睨み付けた。

「九官鳥か……。ふむそういう”名をつける”のも悪くはないな。《ゲテモノ喰い》よりも、《孔雀》の方が品があってよかったかもな」


「俺のことはどうだっていい! あんたは何者だ!」

「少年の糞の後始末をしにきた糞騎士……ではいかんのか?」


 ”!”

 ナインは今にも飛びかかりそうな怒りの表情を表す。

 ここまでやってはぐらかされたら、たとえ相打ちしても気が収まらない。そう体全体で怒鳴っていた。


「私も長くはもたん。せめてもの礼にとヤゴの街の近くまで跳ばしてやるとするか」

「ふざけ……!」


 怒鳴るより先にナインの体が光に包まれる。

 光の向こうでは糞騎士の鎧が透けはじめ、その下から男の顔が見える。


 どことなく見たことのあるその男の顔すら透け始めると、にこやかに笑った女性がナインに向かって優しく語りかけた。


「だって、”子供のおしめ”を取り替えるのは、親の役目ですもの……」

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